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院長のブログ
 
2018年12月03日(月)

 30歳代に出血性十二指腸潰瘍で二度入院した以外は大きな病気はなかった。60歳代後半になり膀胱癌さらに昨年は心房細動のablation手術を受けた。幸いにも現在のところ再発の兆候はない。朝はジョギング、夕方はちょこっとした筋トレをし、診察中は足に1kgのleg weightを付けている。平成30年12月3日現在、体脂肪20.5%、BMI21.5、体内年齢は44歳と体重計に表示される。
 ジョギングの際よく感じるが、あそこまで走ると定めた目標に到達する前にスピードをゆるめてしまう。走り切ってはないのである。何事にもそんな弱さを自分に感じる。70歳という目標は一応クリア(?)できた。今のところ新たな目標はないが今後は何事にもやりきる、走り切る、特にあの世で後悔しないように生ききるよう頑張ろうかな。30年以上同じ道を通勤している。途中には葬儀場、寺がいろいろいっぱい。火葬場の出入り口もあり、また知り合いの坊さんもいる。その時は通いなれた道、一人でも行ける、目をつぶっても行ける。何の心配もない。
2017年04月04日(火)

 テレビから流れるマスターズ開催を知らせる音楽が私にとっては春の知らせ。今年も生きて春を迎えることが出来たという嬉しさで。以前はワクワク嬉しさが強かった様に思えるが最近はそんなには・・・という感じかな。
 私だけでなくみんなにとって春なのですね。この二、三日の朝の公園とその周辺は見知らぬ人たちがワンサ。冬は常連の人ばかりで決まった時間、決まった場所にはいつも同じ人。雪をグイグイ踏みしめて歩く人、盲目の奥さんと手首を紐で結びあい歩く夫婦、上半身やや半身に構え走る人、俺には愛想の悪い犬二匹を連れて散歩する親子、等々。春になりこんなに人が多くなると覚えるのにちょっと大変だな。
2017年01月24日(火) 持込亭

 久々に開店しました。各自持ち寄った料理、店主が用意した料理そしてうちのシェフが作った料理をほぼ食べつくし満足げな本日の客人とシェフです。そう、シェフは先月から患者さんの昼食、夕食を担当しています。よろしくお願いします。
 
 
2016年10月25日(火)

 皆さんはどうしているのだろうか?私は携帯の電話帳から亡くなった人を削除しないでいる。先輩もいる、後輩そして友人もいる。当然年々その数が増えている。削除してしまうと老化した脳からその人の記憶が消えていきそうで。酔って、無性に声を聞きたくなる時がある。でもダイヤル回したことはない。残った唯一の糸、心の底にいつか電話がかかってくるという願いがあるのだかもしれない。ない?
2016年09月06日(火)

 へやトレ始めて三カ月たった。「4週間コース! 逆三角形シルエットの細マッチョになる」のプログラムは2セットもした。鏡の前でボディビルダーのように力を入れてポーズをとってみれば腹筋は三段に割れているようにみえる。お腹を思いっきりへこませると逆三角形の細マッチョのようにもみえる。当初の計画はだいたい成功か!?目線を頭部顔面方面に移すと、顔面の筋肉は委縮性で体幹とのアンバランスがはなはだしく、むなしい!体重は3.5kg減りBMIは25.1に低下したが最近は頭打ち。これで満足するか、食事制限・サプリメント補充するか、アルコール制限するか、運動量を増やすか。どうしようかな。
2016年07月29日(金) ラジオ体操

 最近、盛岡城跡公園では二つのグループがラジオ体操している。一つは、雨が降っても雪が降っても一年中休まない、我々の年代かそれ以上の人たちが中心のグループ。6時半ごろにパラパラと集まり始め、体操が終わると蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。眼を90度左にずらすと広場には二つ目の集団。夏休みに入り恒例の町内会のラジオ体操だ。小学生とその若い保護者たちがリズミカルに動いている。昔々早起き眠かったなーの思い出。きびきび、のびのび、しなやかそして華やかだ。毎朝見えるのとはちょっと違うな。でもラジオ体操っていいな。
2016年07月04日(月) へやトレ

 腹の周りの脂肪が気になっていた。書店で偶然、タイトル「夢をかなえる筋トレ」の本をみつけた。食事制限なし、サプリメントなし、しかも無料!運動のメニューが36種類ありどれもテレビをみながらカーペット上でできる。目的によってコースがいろいろある。夢も希望もない老人がそれをもってレジに行くのがためらわれたが、店員と眼をあわせないようにして買ってきた。「4週間コース! 有酸素トレも取り入れて体脂肪を落とす」を選択し6月6日より開始し、まじめに実行してきた。ゴルフから帰ってからもトレーニングした。今、4週目で明日が最終日。成果はBMIがまだ少し高いが体重は2kg減、体全体がしまった感じがする。次の予定は「4週間コース! 逆三角形シルエットの細マッチョになる」。若い人に夢をあたえるために書かれたのに、夢みれない、対象としていない67歳の老人の場合はどうなるのでしょうか・・?とりあえず、やってみまーす!
2016年06月21日(木) 待合室の胡蝶蘭。遠景

 今年の越冬に万全を尽くしたつもり。しかしながら蘭の咲き具合は過去最低であった。待合室に置いて皆様にご披露するような出来ではなかったが、ないよりいいと職員に勧められ不本意であるが置いてみている。遠くで見れば美しく見えるかもと、ブログへは遠景の写真をアップしてみた。簡易温室の床には窓ガラスに防寒用に貼るビニールを敷き詰め、電気ストーブに連動する鋭敏なサーモスタットを作ってもらい設置した。だから素晴らしい蘭たちをみれるはずだったのに。寒くないだろうか寒いだろうと夜間の温室内の気温をだんだん上げてしまいついには18℃にしてしまっていた。温室は居間兼食堂に設置してある。その昼間の設定温度は18℃。つまり蘭たちはひと冬、昼夜寒暖の差がない温度環境にして春を迎えてしまっていたのである。子離れしていない親バカだったかな・・・。
 
 
2016年05月19日(木) 久しぶり

 しばらくブログを更新しませんでした。たくさんの人たちから何度も指摘されました。実は公開していない文章はたくさん作りましたが、タイミングとか季節とかがマッチしなくなってしまって・・・。皆様にぜひ報告したいことがあります。私のブログに何回か登場したことのあるシェフが4月末から入院の給食を担当してくれています!今のところ夕食だけですが、限りある予算のなかでやはりピカッとする料理です。皆様どうぞよろしくお願いします。と言っても入院患者さんしか口にすることはできませんが。
2015年08月12日(水) 顧客満足度

 テレビコマーシャルに「顧客満足度」という言葉が気になったのでチャックしておいた。チューリッヒ94.6%、アクサダイレクト94.9%、みついダイレクト損保97.8%、いずれも通販型自動車保険会社の事故対応顧客満足度である。うーん、不満足の人もけっこういるようで、かわいそうでこれでいいのかなあーと思う。いまはやりの「過払い金」で満足度を示しているのはホームワンだけでその過払い金請求の満足度は90.5%とある。へー、過払い金が意外に戻ってくるんだ、弁護士の力はすごい!消費者は当然なんでも100%の満足を期待してはいるのだけれど、業種によって100%でなければ許さない業種と100以下でも許せる業種があるようだ。我々は前者のグループかな。後者の代表は「宝くじ」。満足度など公表はしていないが満足度はほとんど0%に近いはず。それなのに国民は怒ったり訴えたりもせず、涼子・泰造の誘惑もあり何度も何度も大金をはたいて買ってしまう。
 我々の世界に満足度と言う数字は関係がないと思っていたら、医療サービス会社のパンフレットに患者さんの満足度調査の項目があった。どんな方法で調査するのだろうか。出口調査だろうか。おそろしいようで興味がある。その調査の結果を正直に出して「患者さんの満足度○○%のひろし外科肛門科です」とテレビに流したらどうなるのだろうか?
2015年08月07日(金) リスクとコスト

 「ちゃんと治すには手術が必要ですよ」と話すと「入院しないで手術できませんか」とよく言われる。手術には必ずいろんなリスクが伴うので、その軽減に日帰り手術は出来るだけ避けたいと私は考えている。特に出血しやすく、痛みが来たしやすい肛門を切ったり縫ったりするのだから、麻酔や手術の合併症が起こりやすい術当日は特に入院治療を勧めています。
2015年06月22日(月) 元気です

 しばしば患者さんからお元気ですか?と言葉をかけていただく。ブログも更新してないので「癌」で落ち込んでいると思われていたみたいですが、元気です。毎朝のジョギングでも距離も手術前より走れるようになったし少しスピードを上げて走れるようになりました。それで、先日調子にのって横向き、後ろ向きになって走ってみたのです。そうしたら大変!横向きでは左右の脚の交叉がうまくいかず、さらに後ろ向きはさらに悲惨でジグザグの蛇行で中津側に転落しそうになったのです。そこで原因は筋力、柔軟性そしてバランス力の低下からと決めつけ、少しハード?なトレーニングを始めました.メニューは秘密としておきます。体型が良くなったと思えた時は褒めてください。
2015年04月09日(木)

 今年も蘭は咲きました。あまり・・・。
 
 
2015年04月06日(月) ナポレオン

 85歳男性、秋田県K町から出血が多いとのことで久しぶりに来院、診察室に入るなりどうぞと紙袋をわたしてくれた。今まで数年おきに便秘、出血を来たしてそのたびに注射の硬化療法している。注射を終えて帰り際「もう来れないと思います。どうもありがとうございました」と言って帰って行った。後に紙袋をあけてみるとなつかしい貴重だったナポレオンが台車ごとはいっていた、でもほこりまみれで。おそらく居間の箪笥の上とかに大事に飾ってあったのだろう。最後のお礼にとわざわざ持ってきてくれたのだと思う。感謝されているようで、ジーンときてありがたくて・・。そんなことでナポレオンは今持込亭の食器棚の上に置いてあります。一番の上座?でもちょっと気をつけないとわからないところに。それにその人の今までの思い出を貼り付けてあります。決して忘れることはないと思います。
 
 
2015年03月13日(金) 無事帰還

 2月25日に手術をうけ28日に退院してきました。退院時に一か月はアルコールを控えるようにと指導を受けたのですが・・・。持込亭です。例のシェフがステーキで祝ってくれ、久しぶりのシャバでの夜でした。
 
 
2015年02月23日(火) 人間ドック

 医者になって初めて人間ドックに入った。今までたばこや酒などで酷使して来たのでどこかに悪いものが見つかるのではと恐れそしてちょっとはそれを覚悟はしていた。やっぱり癌があった。検査のひとつ膀胱超音波検査を受けている最中、斜めになっているモニターの画面に腫瘍像が見えたのです。間違いであって欲しいと思うがモニターの陰影はまぎれもない事実。進行癌ではないようだがどうみても癌で、残念だがどうしても良性にはみえない。検査する技師さんはなにもいってくれない。覚悟していたとはいえかなり動揺、正式な報告が三週間後とのこと。それまで待ってはいれない。同級生に頼んでCT、MRI検査をやってもらおうと思い立った。MRI検査ももちろん初めての経験、体を固定されたのち狭いトンネルに入れられそれはあたかも棺桶のようだ。始まるとヘッドホーンの音楽など聞こえないほどの音量で様々な騒音に近い音がからだを包み込む。その音は様々で坊さんがポンポンポン、ダンダンダンと木魚をたたき早く成仏しなさいと諭しているようにも聞こえるし、またギャーギャーギャーと若い女性たちの、いや子孫たちがあの世に行かないでと泣き叫ぶ声のようにも聞こえる。気弱になっているが絶望と希望とが混在し共鳴している癌と言う名の棺桶から勇気をもって抜け出さなければならないのだ。

「2月24日から3月5日まで院長不在です」

そんな訳で24日入院して膀胱の腫瘍を内視鏡的に取る手術を受けます。愚息が代診いたします。来週には元気に復帰するつもりですのでよろしくお願いします。
2015年02月22日(月) コンビニコーヒー

 朝のジョギングに百円硬貨二つをポケットに入れて出掛ける。クールダウンのあと最後にセブンイレブンを通るコースをとることが多い。店に行くのはいつも午前7時頃、店員とはいつものことなので硬貨二つを出すとカップを二つ渡してくれる。7時のおっさんとよばれているかもしれない。淹れたコーヒー二つを両手に持って外に出、公園の上空を見上げながらコーヒーをすする。冷たい空気に混じって芳ばしい香りが鼻腔、口腔を満たし,熱い液体が喉を降りていく。運動後にコーヒー?!でも、この瞬間が素晴らしくてたまらないのです。
2014年02月03日(月) ちょいワル親父たちにも

 年齢の近い仲間たち。二十年近く、ちょいワル親父の「遠足」だと言ってはあっちこっちのゴルフ遠征、前夜飲んで管巻いて雑魚寝して。「同窓会」だと言ってはあっちこっちの飲み屋で飲んで騒いだ我々親父たち。先日、仲間のちょいワル中のワルが亡くなった。追悼だと、持込亭で客人一人と痛飲。酔い切れず、酩酊した客人を帰しひとり行きつけの飲み屋に。入るなり「今帰ったばかり」とママの声。見ると指定席のテーブルにいつものウーロン茶、灰皿と花一輪。「なんだ。今日は帰りが早いな」と言ってはみたのだが。いつの間にかこんな年齢になってしまい、病気、不幸が襲って一人欠け、二人欠け。しかしです、有難いことに「人生下り坂最高」と言う人がいるのです。となると、だとすると、私まだ下り坂だという自覚もないし、もしそうだとしてもまだまだ長い下り坂が残っているはずです。もうちょっと、ちょいワルで仲間と遊んでいようと思う。でも神様は何とおっしゃるか。
2013年11月28日(木)

 ゴルフを始めたのは病理学専攻の大学院生の時でした。主任教授はスポーツが大好きで、夕方からはしっかり勉強や仕事をするという縛りはありましたが毎週水曜日は「スポーツの日」で朝からゴルフOKであった。当時教室にはゴルフ達人がたくさんいて一日で2ラウンドしたりしてゴルフをみっちり教えてもらった。それから40年、年末年始、お盆の期間や日曜祝祭日はすべてゴルフ場にいた(そうそう大学の外科医局にいた時はそうでもなかったかな)。ところが昨年の春ごろから練習しないでもシングルが維持できるという慢心と、シャンク嬢、チーピン嬢と深い仲になってしまい、ひところはハンデ7までになり十年以上シングルを維持していたのが15まで落ちてしまった。ついでに白状しますと、最近のいろんな大会の成績は、Nカントリークラブのクラブチャンピオン大会シニアの部では二位、四位、Aカントリークラグ月例会シニアの部は二位、三位でした。素晴らしい成績にみえるでしょうが詳しく説明するとまったく誇れるものではないのです。月例会二位の時は上手な人たちは一般の部に参加してシニアはその他諸々の人達だけ。残る大会は参加人数がそれぞれ二人、四人、三人だけの大会だったのです。つまり見事に私が最下位をキープしていたのです。見事なことでしょう?なので、来年からは晩酌は350mlの缶ビール一本に、ランの世話はほどほどに、持込亭の料理は手抜きをし、度胸がつくと言われる音楽を聴き、プールで逆行周回をさらに増やしてゴルフに精進しなければ復活はないと思いつめているのですが。
2013年11月13日(水)

 11月10日、日曜日、雨。「今年のゴルフは終了」と宣言、そうしたらやること全くなし。西南北方面にはゴルフで出掛けるのでいつもは行かない東方向にドライブでもしようかと思い立った。なつかしい宮古方面だ。何の目的もないドライブだが、ワイパーが動くたびに様々な色に紅葉した山々がフロントガラス越しに浮かび上がってきて、新しい道路の快適さもありつい区界峠まで行ってしまった。この国道106号は昭和48年、医者になりたてで三カ月に一カ月の周期の宮古病院出張でよく往復した道、当時は細く曲がりくねり大変な難所だった。しばらくぶりで走ってみたが新道はまだ工事中が多いが見違える道路になっていた。カーナビをよくみると並走して旧道も所々残っているようだ。それは自分一人だけでなくもう亡くなってしまったが当時の宮古病院の部長、科長の先輩を乗っけて盛岡と行ったり来たりした道でもあった。どうしても昭和48年当時の道路、残っている旧道を当時の名残りを探して走ってみたくなった。区界峠の道の駅で記念にと宮古産スルメを買いこみ、カーナビでみえる旧道との接点から入ってみようと出発した。下り坂で調子に乗りスピードを出しすぎ接点を通り過ぎてしまい、急いでUターンしてスピードにのったまま旧道に侵入した。工事中の看板があったような気がしたがすぐに乗用車とすれ違ったので何の疑いもなく進んだ。しかし、舗装切れそして道が細くなりデコボコ、車の腹をこすらないよう進んだがついには二台の重機が道をふさいでいた。車の左側は崩れその先は川、右側は壁、幅は一車線分。必死になりました。ガリガリと車の腹をこすりながらあわてて分岐部まで引き返すと、そこには通行止め、進入禁止の看板がたくさん立ててあった。またやってしまった。携帯の圏外で孤独な時間を過ごすところであった。記憶では旧道に所々に人家があったはず、まだ変わらず人は住んでいるはず。来週はカメラをもって走行できる旧道を看板よく見て宮古まで行ってみようと思う。自分とお世話になった先輩の諸先生の忘れかけている記憶を呼び戻すために。
2013年10月22日(火)

 質問コーナーにたびたびご質問をいただいております。ありがとうございます。すべてご返事をいたしておりますが、中に、プロバイダーから「ごめんなさい。送信できませんでした」とメールが来ることがあります。パソコンの詳しいことには全くうとく、それ以上手立てを知りませんのでこれからはこのコーナーでご返事いたしたいと思います。
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平成25年10月20日、「拝啓初めてお便りいたします。私、肛門の付近にイボのような物ができています。多分、痔ろうだと思いますが手術しなければ治りませんか?その場合何日位入院となりますでしょうか?御回答宜しくお願いいたします。」と、質問がありました。
私は痔ろうは全てが手術しなければならないとは思いません。痛みがある患者さんや持続的または間欠的に膿の排出がある患者さんは手術した方が良いと考えております。また入院期間は腰椎麻酔で手術して多くの場合は2-5日です。
2013年10月10日(木)

 部屋ではグータラな私はヒマさえあればホットカーペットに寝っ転がりクッションを枕にテレビを観たり音楽を聴いたりしている。日頃、時間的な残存量の減少に焦りを感じて少しでも歯止めをかけようと筋トレで断続的に抵抗してきた。この夏、通常どおりマシーンを使って筋トレすればいいものを、つい生来の怠け癖がでてダンベル、ノーラン・ライアンが通販で宣伝していたボディ・ブレイド、ゴルフのスウィング矯正棒などあらゆるものを寝て手の届く位置に集めた。寝転んだままテレビ見ながら音楽聴きながらアンチエージング?しようという醜い魂胆である。やはり悪いことをすると罰があたるようで、5kgのダンベルで大事な右手の手関節をゴキっと痛めてしまった。ゴルフでは右手でクラブを握れず左手だけでのスウィング。それより手関節を回転させると痛いものだから直腸指診、手術で大変だった。怪我の原因を人には言えず、回復には一カ月かかった。でも今はもう怪我のことなぞすっかり忘れ、部屋の片隅に置いていたダンベルなどを届く位置に連れ戻している。懲りない性格なのか学習能力欠如なのか。
2013年10月08日(火)

 盛岡城の石垣を見ながら散歩するのが実に楽しく飽きない。盛岡城の石垣の組み方は全て同じではなく所により様々な組み方がされており、作られた年代、又は修復した年代により異なるようだ。どこの石垣も好きだがその中で本丸へ上がるところの組み方が一番好きだ(写真)。ちょっとネットでかじってみたらそこが最初に組まれたところで最も古いらしい。大きな石がブン投げるよう置かれその隙間に小さな石が大きな石を支えるように配置されて不規則で統一性は全くない。これがいい。思いだせなくて思い出せなくていたことを思いついた時の安堵感、やっとのことでトイレに飛び込み果たせた爽快感にちかいものを感じるのは当然私だけだろう。
 
 
2013年06月10日(水)

 今朝はジョギングなしのウォーキング。シダレ桂を見ようとむかっていたら、先日の撮影ポイント近くの東屋にご婦人を発見。腰が曲がり見覚えのある体型。顔をあわせないように通り過ぎようとした瞬間、シュポっと小気味いい音が。これはリポビタンDではなく絶対オロナミンCだと音の方向に視線を向けたらオロナミンCを口に添え微笑むご婦人を見た。条件反射で笑みを返したが秘密を知っている者としては複雑な微笑み返し。待てよ、撮影されたことを知ってての計画的なシュポと微笑み?・・。後ろを振り返ることなく、またそれ以上深く考えることもなく足早に帰って参りました。
2013年06月10日(月)

 今年も胡蝶蘭が咲きました。例年と比べると満足いくものではありませんでしたが、悩んだ末、外来にならべています。ベストナインです。しかし交代できるサブは出てきませんでした。今日、残った花を悩んだ末、すべて切り花にしてしまいました(医院玄関の風除スペースにあります by 谷藤看護師)。愛情が足りないと綺麗に咲いてくれないものです。
 
 
2013年05月29日(水)

 今朝の公園。雨が落ちそうな中にも花たちは毅然としてる。近づいて撮ってると被写体あたりからガサガサとおばあさんがズボンを上げながら出てきた!何か変わったもの写ってないよね?写ってると盗撮?。しかも公開もしてるからさらに罪が重くなる・・。
 
 
2013年05月09日(木)

 私の朝の日課、たまに走ったりするので散歩ではないが、走る距離は長いわけではないのでジョギングではない。この冬中、同じ服装でいわゆる着たきりスズメだったので、日ごろ日本酒を浴びているFスポーツの社長さんにお願いした。3月、股下を詰めて嬉しそうな顔して持ってきてくれた。選ぶときは感じなかったがよくみると、NHKのラン・スマから飛び出してきたようなファッション。ズボンは紺色、上着は白にオレンジの縁取り!やっと少し暖かくなってきてデビューする時期となってしまった。この格好では、常にそこそこのスピードで美しく走っていなければならない、転んではならない、ゼイゼイしてはならない、腹が出っ張っていてはいけない。すべて不可能だ。となると明るくなる前に、人々が集まってくる前に日課を終えなければならないなー。午前4時か。うーん・・・。
2013年01月22日(火)

 雪の積もった中津川の河原をザクザク歩いて、ふと後ろを振り返ってみた。おれの足跡は何人か歩いたところや踏み固められたところは避けるようについていた。自分の人生と重ねあわせ、裕次郎の「・・親にもらった体一つで戦い続けた・・・」の歌詞を思い出したりして。確かに、今までのそのようなシーンもあったけど、残念ながら「孤高?」には生きてこられなかった。いろんな人におんぶされ、肩を支えられ、後ろから押されて生きてこられたのだから、自分の足跡の前後左右には見えなくてもたくさんの足跡あるのだろうなと。ついでながら、わが人生悔いはたくさんあるのにその気にさせる大好きな裕次郎が悪い。
2012年12月12日(水) また転んで・・。

 お腹のポッコリが悩みの種で診察中は両足首に各々500gの重りをまいているが、最近焦りもあり朝のウオーキング、ジョギングにもそれを付けて出掛ける。先頃の肋骨骨折の反省から凍った路面では決して走らない、石段は通らないと決めている。今朝、雪のない時期はいつも走る区間に約10cmの積雪、誰の足跡もないのだ。滑ることはないだろうし、白いキャンパスに足跡を残したくなってつい走ってしまった。雪の表層は凍っているのでカシャ、カシャと小気味のいい音に得意になっていた。ところが半分も走らない所で脚が上がらず、蹴り足がもどらなくなりアッ言う間に長い脚がからんで前につんのめってしまった。顔から雪の中!雪が硬いためピシッときたがどこも何ともないようでむしろ愉快、爽快。周りを見たが誰もいない、当たり前。まだ6時40分、日の出前でまだ薄暗い。また自作自演、観客なし。
2012年11月13日(火) トンネルを抜けると・・

 今朝、イチョウの黄金色のトンネルをみた。そのトンネルの抜けたあたりは明るくひかり、極楽か桃源郷か竜宮城があるようにみえた。トンネルに入り損ねては撮り損ねてはと、走ってカメラを取りに行ってきた。
 
 
2012年11月10日(土)

 盛岡城跡公園。桜も葉を落とします。
 
 
2012年11月07日(水)

 公園の落ち葉を踏みしめながら歩いていると、ふとカラメルのような香りが顔のあたりを通り過ぎる。確かめようとあわてて二度三度クンクンと嗅いでみるのだがもう匂わない。積もった落ち葉を蹴り上げ何が匂うのかと落ち葉の種類、湿りや朽ち具合を犬みたいに嗅ぎまわって探っているがまだ手掛かりがない。朝の二日酔いの脳に活性(?)をもたらす芳ばしい香。
2012年08月01日(水) 今、朝の公園は大にぎわい

 カラスを追い払いハトだけに餌をやる人、ハトにもカラスにも餌をやる人たち、鯉や鴨に餌をやる人たち、散歩に犬を連れてくる人たち、かっこうをビシッと決めてジョギングする人たち、薔薇を見て歩く人たち。2~3日前から香を炊き石のベンチに正座して手をあわせ一心に祈る人が現れた。荷物をたくさんそばに置いているから旅する修行僧なのか。今朝は尺八をふく人、ギター弾いて歌う人を見つけた。ラジオ体操する人たちも増えた。シニア以上の人たちのグループは雨にも風にも雪にも負けずに年中集まっている。その熱心さに頭が下がるばかりだ。夏休みに入り恒例の小学生のラジオ体操が始まった。父母それに町内会の世話役も加わり賑やかに、シニアグループにないしなやかさで飛び跳ねている。こんなわけで公園は盛岡大通りのホコテンより人出が多いかもしれない。にぎわう前は見知らぬ人でもお互いの健闘を讃え合い、「おはようございます」と挨拶を交わすのだったが、最近は無口ですれ違うことが多いのかな。
2012年07月12日(木)

 朝、沿岸からいらして退院間近の患者さんに呼び止められた。真面目な顔で話しかけるものだからてっきり小言を言われるのだと覚悟した。ところが、「職員の人たちは親切だし食事はちゃんと作ってくれておいしいし、院内も清潔だ。本当に良い病院で来てよかった」とお褒めをいただいた。うちの職員は丁寧語も敬語もその使い方はうまくはない。しかし患者さんに接する姿勢は他のどこにも負けないと思ってきた。しかし面と向かって褒められると照れくさいはこそばゆいはで。何と言葉を返したらいいかわからず、ただ頭を掻いていた。
2012年06月14日(木) 今朝の岩手公園のバラ園

 ほぼ全種が花をつけ、そして甘い香りを放っています。
 
 
2012年05月31日(木) 完治とは?

 先日、セカンドオピニオンとして来院した患者さんのうちの御一人。たくさんの疑問点を持っていらしましたが、そのうちの一つは「痔は完治するのですか?」の質問でした。
たとえば癌であれば病気が完治したかどうかは医師が医学的に判断します。良性疾患である痔の場合治ったかどうかの満足度は患者さんにより千差万別なので、患者さん自らの判断で、治療して治療前の愁訴が取れ日常の生活に何ら支障がなければ完治と考えていいのではないでしょうかとお話ししました。「足したり引いたりしない治療」であるべきなのですが、いろいろ薬とかも見せていただきかなり過剰とまた感じました。
2012年05月31日(木)

 5月26日のスペイン国王杯の決勝戦を最後に11-12年のスペインサッカーリーグは終了した。その最後の試合でバルセロナが優勝し、勇退するグラウディオーラ監督に花を添える素晴らしいフィナーレだった。4年間ペップ(監督の愛称、馴れ馴れしいかな)の下、主にメッシらカンテラ出身の選手たちで繰り広げられたバルセロナの極上のエンタテイメントに酔いしれることができたことは本当にラッキーだったし幸せだった。次年度はどんなチームになるのか、またどんなサッカーをみせてくれるのか。これまた楽しみ。その前に、来週からユーロ2012が始まるよ!
2012年05月17日(木)

 今年もランが咲きました。ずうずうしく外来と病棟に置いてみました。
 
 
2012年04月26日(木)

平成24年4月25日撮影
 
 
2012年04月24日(火)

 骨折の際には皆様に大変ご心配をおかけしました。「手術に来たけど大丈夫?」とか、たくさんの患者さんに励ましをいただきました。(実は肋骨骨折のあとすぐに左膝関節内側靭帯を傷めまして、それはそれは悲惨な時期がありました。)今もまだ肋骨と膝の痛みが残っていますので、ごみ焼却熱還元施設「ユピアス」で週3~4回リハビリに励んでいます。当初、泳ぐのが一番と思い25mの競泳用のプールに入ったのですが、夕方はスイミングスクールの練習時間で小学生たちがたくさんいるのです。コースが別でも並んで泳ぐことがあるのですが、あっと言う間に追い越されてしまいます。おとなげなくこんな子供に負けてはならぬと手をグルグル、脚をバタバタもがいてみるのですがまったく歯が立ちません。次々に抜かれ後ろ足でジャバジャバと水をかけられ、水飲んで立ち止まってしまう始末。苦しさ我慢し水中眼鏡に水漏れあったようなふりをしたりして。そんな訳でスクールの小学生たちと勝負しないことにして、主にさらに小さい子供たちが遊ぶ一周135mの流れるプールに変えたのです。流れに乗って一緒にプクプク浮いていてはリハビリになりませんので流れに逆走して手足を大きく動かし出来るだけ負荷をかけで歩くのです。まじめにやると結構ハードです。かわいい子供達も、たまに若い女性もいますので景色をみながらゆっくり歩けばいいのですが、せっかちな性分でしかもビールのことが気になり全力で一心不乱に歩いてしまうのです。逆行を6周、ジャグジーで体を温めシャワーして帰ってきます。滞在時間約40分、平日560円・日曜700円。怪我の回復には実にいいようです。
2012年03月12日(月) 雪桜、雪梅・・・

雪桜、雪梅・・・。 盛岡城跡公園
平成24年3月12日 早朝
 
 
2012年03月01日(木)

 
 
2012年02月23日(木)

 桜は花ばかりではなかった。花が散り、葉っぱが枯れ落ち雪が積もると並び立つ桜の古木の荘厳さ、生命力にはただ感心。木肌は荒れて厚く、朽ちた幹には洞ができ、朽ちたためか大胆に切られた枝もある。その切られた周辺からは木肌のなめらかな若枝が伸び上がって、古木からもらえる養分が足りないのか自分の根を古木の幹にもぐり込ませている若枝もある。こんな古枝、若枝の混じった樹形は複雑で奇妙さえ見える。いつもは花や葉っぱで化粧し着飾って魅了してくれているが、冬の桜も意外なスッピンの美しさをもみせてくれる。
 
 
2012年02月22日(水)

 早朝の盛岡の最低気温は-11度。雲ひとつない空だしあの流氷を撮ってやろうと中津川河畔に降りてみた。川の流れのそばは一段と寒く、雪は硬くしまり歩いても沈まない。気温は何度だったのだろうか。目的の、本流から別れ流れの穏やかな川面には小さな氷の塊ができ、それが集まり薄い流氷となってゆっくりと下っていく。そして本流と合流すると流氷は瞬く間に融かされなくなってしまう。冬の寒い日には当たり前に起こることだが撮ってみたいと思っていた。川の中に入るような情熱があればいい写真が撮れたかもしれないけど、もう寒くて指も冷たくて早々に退散。
 
 
2012年01月11日(水) 新春早々に・・・

 1月5日、肋骨を折ってしまった。事は朝のランニング。寒さで公園の歩道は凍結、その上にうっすら雪が積もっていた。危険を感じ冬用のランニングシューズがあったら頼まなくてはと考えていた。下りの石段にさしかかり、危ないなと思った瞬間空中に舞い上がりそのまま右背部から石段の角に着地した。経験したことがない痛みと全身を通り抜ける冷気・・。よぎるのは肝破裂、腎破裂。這うように帰る。出血を思わせる血圧の変化はない。腹部は触診上特に異常ないようだし、また尿をみても肉眼的な血尿ではない。診療の途中にレントゲンでみてみると右10番目の肋骨骨折判明。しかし手足・頭などに異常なく、どうにか外来診療、手術をこなせるのは本当に不幸中の幸い。だが、たかが肋骨一本骨折でも大変つらい。咳、くしゃみ、しゃっくりなどすると激痛。そのくしゃみを我慢するのがこの上ない不愉快。いったん横になると、寝返りは大変。起き上がろうと体を捻じるとそれまた激痛で、裏返しされたカメのように手足をバタバタするだけ。さらに悲しいことは食べて飲んで寝るばかりだから腹周りがふくれてきて・・。闘病生活定番の本は見栄を張りたがる性格なものだから「スペイン語入門」を購入。少し読んだ。理屈はわかった。しかし何度読み返しても頭の中に留まっていてくれない。しかしもう悔しさは感じない。そうそう、気のきくスポーツ店主が早くも冬用のランニングシューズ、それにかぶせるスパイクピン付きのゴムネットをもってきてくれた。これで鬼に金棒。準備はできた!
2011年12月28日(水)

 盛岡の冬は寒い。朝のジョギングは厚手のトレーニングウェア、耳まで覆う帽子をかぶる。両手にゴルフ用の防寒のグローブをしていたがとても手が冷たくなって・・。それでスキー用の「指が冷たくない」とのうたい文句のグローブを購入。最近の朝の気温は-5℃から-8℃。先日降った雪が融けずに6,7㎝残っている。たったそれだけの積雪であるが雪の上を走るのはこの歳ではチョイときつい。雪の上を走るのは高校時代に長靴をはいてサッカーをした以来か。しかし凍えた空気を吸うのは何と爽快なことか。ただ、ひと気の少ないこの広い公園でポコッと倒れたらどうなるかなと考えたりして。今日12月28日、公園から無事生還。仕事納めで、院内の忘年会で今年も終了。
2011年11月28日(月)

 欧州チャンピオンズリーグの予選第5節ACミラン・バルセロナ戦。バルセロナの決勝点は見事であった。ACミランのゴール前、デフェンス3人の一瞬空いた隙間をメッシの出した針の孔を通すようなスルーパス。それを予想し走りこんでワントラップでゴールに蹴り込んだシャビ。まるでコンピューター・ゲームかと思わせるゴール。しかし現実に起こったこと。二人がそしてチーム全体が同じアイデアを瞬時に思い浮かべなければこんなことが起こり得ない。おそろしきバルサ、すばらしきサッカー。
2011年11月15日(火) 盛岡城の石垣

 

11月11日
 

3月11日、 寒い朝でした。
 
2011年11月15日(火)

 盛岡城跡公園に消防関係で殉職された方の慰霊碑がある。今朝、その祭壇に空のペットボトルが見えたので誰かのいたずらかと上がってみた。するとそこに花とともに東日本大震災・・、名前、そして行年○歳と書いた小さな白木の板が具えてあった。優しい字であった。おそらく奥様が書かれたのだろう。お子様はまだ小さいだろうな・・・。
2011年10月23日(日) 体操

 先日の体操の大会、床で選手たちは空中でいとも簡単に3回とかクルクル回っていた。よく見たらマットにあたかもトランポリンのようにスプリングが付いているのではないか!
その昔、中学時代は体操部に籍を置いていた。大会(地方大会)では床にマットなどはなく体育館の床板そのもので、それに四角にマークしただけ。規定演技は、うろ覚えだが前方飛び込み前転しバランス・・・バク転で終了。飛び込み前転とは走って行って空中へジャンプし手から着地して前方回転する技である。ただ競技なのでできるだけ高く跳びあがり美しいフォームでなければならない。へたに着地すると硬い板だから頭、背中、足や手が本当に痛かったし、怖かった。その頃の最高難度の演技は一回の前方宙返り、側方宙返りそれにバク宙ぐらいだったかな。跳馬の踏み切り板は斜めにした板だけの簡単な構造で、馬も1,2,3・・・と番号が付いた跳び箱。当時少なくても中学の技には空中での回転技はなかったような気がする。今はロイター板とか言うものでスプリング効果が絶大、これまた空中でクルクル回る。今やサッカー選手や歌手までバク転を平気でやってしまうが、中学時代の体操部はやっとできるようになったバク転などを運動会で演技披露したりしてけっこう花形だった。そんな時代でした。
2011年10月21日(金)

 今朝の公園のソメイヨシノ。
 
 
2011年10月01日(土)

 NHKで鳥越俊太郎が人生のマイ・ラスト・ミュージィクを探す番組が放映されていた。どんな曲を選ぶのかなと、興味あった。結局、その一曲を選びきれなかったようだ。私が今一番好きな曲はキース・ジャレット・トリオのgod bless the child.(スタンダードVol.1)。何度も聴いても新鮮でそのたびに心弾む。これが自分のラスト・ミュージック?いや、いろいろシュミレーションしたが今この曲はふさわしくないよう感じる。切羽詰まった訳ではないが、休んでいた音の世界にそろそろ出入りしてみようかな。
2011年09月21日(水)

 台風15号のため院内は静か。ランの見回りで時間を過ごす。最近まで気温が高かったせいもあり小さい葉が出て見る間に大きくなっていく。この夏大失敗をした。体力をつけようと今までやったことのない日光浴をさせたら大半の鉢に葉焼けをさせてしまい、ついには2鉢枯らしてしまった。今、葉っぱは生き生きし、葉先は天を指している。根っこは?水足りてるかな?と静かに安らかな時間は過ぎていく。
2011年09月20日(火)

 セカンドオピニオンの患者さん。注射と手術の入院といわれて来院。コンテストなんてないのだから、なんら不具合を感じてなければ美容形成的な処置を受けなくともいいのではと。二足歩行になった人間だし、生活に多用する器官なのでどんな人の肛門にも形態的変化が起こり得る。そのどのような変化は医学的には「病名」となってしまうが、大切なのはそれがその人にとって生活に支障をきたす病気かどうかなのだが。
2011年08月31日(水)

 朝のジョギング中、桜や山ツツジの樹や枝が急に眼の前に現れて、まだ幹に衝突したことはないが顔に枝葉がヒットすることはしばしばあった。こんなに反射神経が鈍ったのであればフルフェースのヘルメットをかぶって走らなくてならないのかなとも思っていた。つい最近、わかった。頭が下がり一歩先しか見ないで走っていたようだ。長い間気付かなかったとは本物の愚か者あった。私の干支は天敵の多いネズミであるため控え目なランニングスタイルになるのは仕方がないとは思っている。職員にゲームでいじめられた。ゴルフが不調。前の日の酒が残っていた。蟻を踏み潰したくなかった。新しいシューズの防水がよくないので朝露を避けるように走った。左膝の痛みは変形性膝関節症でないのか心配だった。年齢的にもう先がない。何であれ、ジョギング中に樹に衝突して眼の周りを黒くしたでは世間体が悪い。この頃は頭も目線もちょっと上げて、ちょいと先を見て走っている。見えない先も見てれば何か見えてくるかもしれないし。
2011年06月24日(金)

 持込亭の常連客のシェフ、ふだんは決して包丁をもったりしないのですが、食材に刺激されたのかついにシェフが立ち上がりました。メニューは鴨ソテー・アップル風味、蛤のパスタ。できた料理は写真を撮る前になくなってしまったので、めずらしい調理風景だけを公開します。シェフは大のハワイ好き、アロハシャツ好きなのです。
 
 
2011年06月08日(水) サクランボ

 花が咲き終わり葉桜になればあまり関心をもって見なくなるソメイヨシノ。先日、盛岡城跡公園をジョギング中にソメイヨシノの樹にもサクランボが育っているのを見つけた。小さく本当にひ弱そうな実なのに赤く色づいているのもある。まばらで、咲いていた時の花とは比較にならないくらい数は少ない。地面には枝についているサクランボと同じ大きさのさくらんぼがたくさん落ちている。赤く色づいたものをかじってみたが、実は硬くかなり渋いし苦い。種らしき硬い部分はあるのだが佐藤錦のそれとはまったく異なもの。人が美しさだけを求めた品種改良でできたのがソメイヨシノで、種子で子孫を残す能力が失われたらしい。今世の中にあるソメイヨシノ、元は一本のソメイヨシノの木から挿し木で増やし継がれたものだそうで、いわゆるコピー桜だという。種としてこれ以上進化しようもないため進化しなくてもいいとの約束で究極の美を手にいれたソメイヨシノ。そのサクランボはちょいと哀れかな。
 
 
2011年05月07日(土)

 四六時中響きわたる緊急救難ヘリの爆音に悲しさ、虚しさ、やるせなさ、もどかしさが交錯し、すべてが夢であってくれと何度願ったことか。天候も春に向かうどころか真冬に逆戻りし、温室の胡蝶蘭でさえツボミは硬くしまったままだった。それでも春はいつもと同じくやってきた。盛岡城跡公園の梅も桜もほぼ同時に花ひらき、今はもう花びらを落とし始めた。胡蝶蘭も何事もなかったように美しく咲いてくれた。
 
 
2011年04月27日(水) 盛岡城跡公園

 
 
2011年02月28日(月) 石割桜

 三月、そろそろ桜の話題が出てくる時期になった。毎年、石割桜の咲くころは朝早く見に行き写真を撮ってくるのだが写真写りは決してよくない。樹形などは本当に美しいと思う。問題は背景で、裁判所や県議会議事堂の建物は桜の花の色と同系色だから同化してしまって素晴らしさが見えてこない。その点、雫石の一本桜は平凡なのだが大地と大空に助けられ実に見栄えがいい。そこで提案。裁判所の人たちなどにご迷惑かもしれないが、石割桜が望む素材、色調で背景をつくり石割桜の晴れ舞台にしてやったらどうだろうか。東北人・岩手県人的気質、宮沢賢治的性格な桜かと思われるので、そんなこと望みもしないし喜びもしないだろうが、一度だけでもいいから本当の実力をみせてほしいと思うのだが。ライトアップ?これまた良いかも。
2011年02月14日(月)

 今朝、今年最初のランが咲きました。外は雪が舞っています。
 
 
2011年02月14日(月) おだてられ、そして図に乗って

 先日、作り置いたバジルソースでパスタを試食してもらったら皆さまから大いに褒められた。それで、またバジルソースを作るべく2月10日北上市のスーパーOへ。そのスーパーにはハーブコーナーがありいろんな種類のハーブが多量にならんでいて、しかも安い。前回は沖縄産のバジルだったがその日の物は愛知県産、5×15×4センチのケースにはいったものが一箱8円!それを8箱購入。フードプロセッサーとかミキサーかあれば楽なのだがそんな文明の利器はない。すり鉢とすりコギで、バジルの葉にニンニク、松の実、オリーブオイル、そして今回は試しに千葉産のピーナッツも入れてみた。散らかさないでスマートにつくるのが真の料理人と言われているのだが、すり鉢と格闘すること一時間後はメガネ、T-シャツ、ズボンそしてテーブルには緑のソースが無数に飛び散り、手肩頸に徹夜マージャン後のような疲れが残った。結局、238gのバジルソースが完成した。が、部屋内のバジルの香りと手肩頸の疲れが取れるまではメニューに出さないでおこうと思っている。
 
 
2011年02月07日(月)

 金メヌケ、1.4Kg。鋭い背びれのとげが怪我しながら三枚に卸していただきました。脂がのっているのにさっぱりしており刺身、アラ汁も美味でした。
 
 
2011年02月03日(木) 「ためしてガッテン」(平成23年1月26日放映)を観て

 「イボ痔」とは一般の人が肛門から何かが出たまたは出ている状態をそのように呼んで使っている言葉である。患者さんは「イボ痔になりました」と言って外来を受診することが多いが、それを診てみると次の様々な疾患がある。内痔核、外痔核、内外痔核、血栓性外痔核、皮垂、肛門ポリープ、癌、見張りイボ、直腸脱、肛門周囲膿瘍、コンジローマ・・・。このように患者さんの言う「イボ痔」にはたくさんの疾患があり、治療法もそれにより全く異なり、治療が必要でないものもあるし手術が必ず必要なものもある。番組中、「内痔核はイボ痔だ」と言ったのは誤りではないが、イボ痔=内痔核ではないので視聴者に誤解を与えなければいいなと感じた。また、「最新の治療法」を紹介していたが、最良の方法は患者さんの症状や痔の病期によってことなり、数ある治療法の中から患者さんにあった方法を選ぶことが大事だと考えるのだが。ガッテン!?
2011年01月14日(金) ままならぬ世の「清涼剤」

 今好調なバルサの試合を観て下さい。パスを20本近く連続してつないでボールを回し、しかもそれがワンタッチ、ツータッチなのです。長い時間相手にボールを触らせないし、相手ボールになっても2~4人で取り囲み簡単に奪ってしまう。相手は警戒しガードを堅くしているのですが小憎らしい位に翻弄し、スキを見つけ得点してしまう。手を使えるバスケットボールでは何本もパスをつなげることはむずかしくはないのですが、サッカーではミスがつきものなのでバルサのような試合運びはなかなかできるものではないのです。ボールを取ったり取られたりで、ミスの度にひいきのチームを怒ってみたり、よしよしと相手をほめたりで観戦にも結構ストレスがたまるのです。(今日早朝のアジア杯、日本―シリア戦観戦。貴重な時間を無駄にしました。) そんな訳で、ストレスがたまった時はもちろん、眠い時、悲しい時、壁に突き当たった時、不可能なことが可能にならないかなと思う時などにはいい薬になると思います。
 ワールドカップでスペインが優勝した時イニエスタが着ていたシャツ(本ブログ、2010年8月23日付け)に関する最近のエピソード。イニエスタとともにスペインのヒーローになったダニ・ハルケはエスパ二ョールの所属選手だった。2010年12月18日、バルサの敵地でのエスパ二ョールとの試合、途中退場するイニエスタに観客は総立ち、ピッチの選手も敵味方を越えて拍手で送り出すシーンに、ほろっと涙。
2011年01月14日(金)

 隣県から92歳の男性の患者さんが10年ぶりに来院された。大変元気な方で、局所麻酔での手術後は盛岡の娘さんのところに泊り、翌日来院し「10年後にまた来ます」と微笑みをうかべながら話して帰られた。以前にも患者さんと10年後を約束したがそれを果たすまであと8年、これでさらに2年の追加となった。一期一会というが、一会より二会、三会‥‥、数が多いほうがずっといい。もっと働いていろと神様か誰かが言ってくれているのだろうか。
2011年01月14日(金) 経過報告

 ちょっと油断していたら秋は過ぎ、冬真っ盛りで、元旦には大雪が降りめずらしく深い雪に埋まった盛岡となってしまいました。で、久々にランの近況を。 昨春にランを食堂に移動させた、私の部屋より今の方が合っていたようで成長もいいしカイガラムシなどの発生もなかった。それに鉢数も増えてしまったので本格的に居住を食堂に移して厳冬に対処すべく温室をつくった。3段のフラワースタンドが入るようにパイプで組み上げそれにビニールをかぶせただけの構造で、暖房は昨年まで足元を温めていた小型のヒーターを流用した。外気温がマイナス10℃でも庫内の最低温度は14℃に保てている。21鉢で花芽を出していて、昨秋遅くまで咲いていたのもあるので数の面では昨年より上々か。自由奔放に育てているものだから出てくる花芽は後ろを向いたり、横を向いたり勝手気まま。それに支柱を立てで矯正しているのだがやはり失敗、一本ぽっきりと折ってしまった。この失敗も昨年と較べたらずっといい。
写真に写る缶ビールは飲みかけではなく、被せたビニールの隙間から暖気が逃がさないよう重石として使っています。
 
 
2010年10月15日(金)

 最近、あまり音楽を聴いていない。その原因は?クラッシックについていろいろ教えてくれた設計屋の友、マイルス狂の長年の友を失い、アナログ派の権威は東京に転勤してしまった。近くにレコード屋が二軒あったのだがいずれも閉店し、ジャズの専門誌「スウィングジャーナル」まで休刊してしまった。しかし一番なのは、依然と客筋に変わりはなく音楽を聴きたいという客がまだ来てくれないことなのである。静かにジャズが流れ、ウンチクをたれる嫌な店主のいる持込亭を理想としていたのだが、現実は魚を焼く煙が立ち込める中、にぎやかなTVゲーム。運動神経の鈍い客とくちさみしい店主は生ビールのわんこそば。こんな秋の酒場です。
2010年09月16日(木)

 ALTA(ジオン)やっていますか?PPHやっていますか?と電話で質問をうけることがある。私は古い外科医だからではなく、患者さんのメリットを考えた上でその治療はしていない。
 痔核は外痔核、内痔核、それに内外痔核とその存在部位によって分けられる。一番多いのは内外痔核、外痔核そして内痔核の順で、内痔核のみという患者さんは少ない(内痔核、外痔核の区別ができない医療施術者もいる・・・)。内痔核の治療法について考えてみよう(表)。
今はやりのALTA、PPHであるが内痔核に対する治療法なので内痔核のみの患者さんしか有効ではない。治療する時は各治療法の再発率、合併症の頻度およびその重篤度などを十分に考慮しなければならない。ALTAとは組織毒の薬を注射して腐食させて痔を消滅させる方法で、異物であるしその合併症は重篤なようでもあるので私は気が進まない。
PPHは直腸の膨大部を輪状に切除してしまう方法で、機能の面からみると心配なことが起こることがあるし、そこまで必要と感じた症例は経験ないし、そしてやはりオーバーサージャリーだ。古典的な方法のゴム結紮法は痔核をゴムでしばってしまうだけなので簡単で無麻酔でもできる。合併症は脱落によるまれな出血のみである。このように三者を比較してみると、内痔核のみを処置するときは最も安全、容易でしかも安価(保険点数が低い)な方法はゴム結紮法と思っている。
 外痔核の症例や内外痔核の症例にはどんな方法がベストだろうか?外痔核で薬とかが無効な症例には「根治手術」しかない。内外痔核は?その症例に内痔核の治療法をした場合は外痔核が残ってしまうのでそれによる症状も残る。だからALTAなど内痔核の治療法の単独では完治させることはできない。ゆえに「根治手術」、「根治手術+ALTA」、「根治手術+ゴム結紮」・・などの治療法から選択することになる。どの方法が優れているのかを決めるには各治療法について患者さんの満足度、再発率、合併症の頻度そして重篤度さらには施設の有床か無床か、その他いろいろを比較検討しなければ学問的ではない。しかしそれらを詳細に検討した論文ない。雑誌、新聞などを賑わすのはたくさんあるが、ほとんどはひも付きの広告のような文章が多い。このように各臨床家間に一貫した、一定の治療方針などがないのでは、はたして肛門学(学問)と言えるだろうかとさえ思う。
 神経支配の関係から内痔核のできる部分は通常痛みを感じないが、外痔核の部分は痛みを感じる。だから患者さんに喜んでもらえるには外痔核の部分をどのように手術するかである。痔核を取り残して再発しないように、そして排便という大事な機能を損なわないように十分注意し、出血のしやすい静脈瘤を切除するという細かく時間を要する仕事が肛門外科の宿命で、肛門外科医に楽なメリットのある新しい風は今まだない。まだまだアナログの世界なのだ。
 ちなみに、私は内外痔核症例に対してはほとんどが「根治手術」で、たまに「根治手術+ゴム結紮」を行っている。内痔核の処置はそれほど時間を要しないし、根部の血管の処理をしっかり行なえるから術後に安心感がある。
 
 内痔核の治療法
  1) 坐薬
  2) 硬化注射療法
     パオスルレー
     ALTA
  3) ゴム結紮法
  4) PPH
  5) 手術療法(根治手術)
 
2010年09月14日(火)

 持込亭にWiiを導入した。アーチェリー、卓球、ボーリングなど様々なゲームが対戦形式でも楽しめる。客たちが腹ごなしにワイワイ、ガヤガヤ、ドタバタと騒いでいる。先日チャンバラの挑戦を受けた。戦いの場は絶海の離れ小島、まわりは断崖絶壁ではるか下に海。敵は日常の仕事で主人公を快く思っていないらしい「なるぴょん」、「たえぴょん」、「かなぴょん」・・・。結果、年齢、腕力で劣るやさしい主人公の「ひろぴょん」はボコボコにたたかれ、何度も崖から海へ。
2010年08月23日(月)

 2010のワールドカップサッカーはイニエスタというヒーローをつくりスペインの優勝で終了した。イニエスタは優勝ゴールを決めてユニフォームを脱ぎシャツに書いたメッセージを誇示しながら走っていた。その文字はスペイン語なのか全く理解できなかった。翌日の新聞によると「ダニ・ハルケは永遠にわれらとともに」の意味で、スペイン代表のチームメイトで急死した友人に捧げたものだという。反則であるが、ゴールした者しかユニフォームを脱げない。しかしその者が皆の絶大な注目をあびる。それにしても友のためにシュートを決められる、決めてやるというなんという自信と信念があったのだろうか。歓喜の表彰台でもイニエスタはダニ・ハルケのシャツをパンツに挟んで優勝カップを掲げている。これからこれらの画像は繰り返し観られることになるだろうし、ダニ・ハルケもおもわく通り永遠になった。すばらしいことだ。
 ヒマをみつけては09-10シーズンのリーガ、プレミアムやワールドカップの試合を観直したりしていたら、10-11シーズンが始まる(プレミアは始まった)。その宣伝でマスコミがとり上げるスーパースターはメッシ、ロナウド、カカー、ルーニー!あのイニエスタ、あのシャビはどうしてもその表舞台に立たしてもらえない。だから面白いのかもしれない。
2010年06月22日(火) 時代遅れの古い・・・。

その二.

 私が書くカルテはドイツ語、英語、日本語が入り混じり、その文も原形がわからないほど崩してある。そして丸やら三角やらのフリーハンドの図が散らばり、さらには「ゴルフ」、「ダンス」、「琴」、「人形」などおよそ医学と関係のないことまで書いてある。だから他の人は全く理解できないだろうし、また恥ずかしくて他の人には決して見せられるものではない。
 最近その筋はレセプト、カルテ、X線写真などしきりにデジタル化を勧める。レコード派と言うよりCD派の方だしその勧めはわからないではないのだが、電子カルテとなると致命的な欠点がある時代遅れの医者の私にはいただけない。キーボードを見ながらでないと入力できないのです。そして正確なスペルなどは忘れてしまっているから、打ち込む際には、漢字はソフトがさがしてくれるからいいが、英語・ドイツ語の場合は英和辞典、和英辞典、和独辞典、医学事典で調べることが必要となってしまうだろう。外来診察ではキーボード、画面それに辞典でもう精一杯で、せっかく同じ土俵に上がっても相手の顔、姿を見てないのだから全く勝負にならないのではなかろうか。以上を言い訳にして電子カルテは断然拒否し、今まで通り患者さんの趣味まで聴きながら診察していたいな。
2010年06月19日(土) 手打ちうどん

 先日、長女から手打ちうどん用の小麦粉とそのレシピをもらった。レシピ通りに作ってみたところ想像以上に簡単にできた。さっそく職員の皆さまに毒味をお願いしたら「うまい」とお褒めのことばを頂いた。それから2~3回立て続けに食べてもらったのですが次第に皆さまの表情がさえなくなってきた。私も本場の讃岐うどんは食べたことはないが、街のチェーン店のうどんにも劣るような気がして。そこでいつものごとく、まず良い材料、道具だ!と小麦粉をネットでさがし購入した。北海道産小麦粉2kg、1400円、そしてその送料は800円!貴重(?)なものなのですぐに冷蔵庫に。うまいものは高い!高いものはうまい!と言い聞かせ、職員の皆様の体力とご機嫌の回復をうかがいながら、腕と良い材料を振るう機会を待っています。その結果次第では持込亭の夜食メニュー完成!です。
 
 
2010年05月13日(木) アッぺ、ヘルニア、ヘモ。(急性虫垂炎、ソケイヘルニア、痔)

 なりたての外科医が最初に執刀させてもらえるのがこれらの手術で、それから徐々にいろんな手術を経験することになります。そして私もそれらから始まり下部消化管を主体にいろんな症例を経験しました。それら三つの疾患は外科医の入門編だから簡単なのかと思われがちですが、そうではなくそれなりに奥深いし難しいのです。私はヘモにとり付いていますが、されどヘモだと思います。釣りはフナに始まりフナに終わると言われています。そう、今その終わりで模索しております。
2010年04月22日(木) セカンドオピニオン

 他医に手術を勧められたのですが・・と相談に来られる患者さんがしばしばある。患者さんにはモニターを見ていただきながら説明し理解していただくようにしているが、手術が必要だとお話しするのはその内の2割弱の患者さんだろうか。何も足してはいけない。何も引いてはいけない。自分たちの都合で手術を勧めてはいけない。
2010年04月15日(木) パワーアップ

 患者さんから痔の病気のこと以上に、料理、刺身、お酒、ゴルフ、ジャズのお話を受ける。ブログを読んでいただいて本当にありがたいことですが、とても気恥ずかしさが先にでて・・(そんな事を書きながらまた書いている)。5時過ぎたら毎日酒飲んで遊んでばかりいるとお思いでしょうがそればかりではありません。たまには本を読んで勉強のまねごとしたり、筋トレなどもしております。最近、また武装強化で持込亭はさらに進化してしまいました。ビールサーバーと生樽がデンと据え付けられてしまい(なぜか受動的)、客が勝手に生ビールを飲めるようになってしまったのです。ムーディーな音楽CDは一応揃えてあった。これを機に、店主は蝶ネクタイに強い憧れをもっていたものだから、ワイングラス、シャンパングラス、ロックグラスなどを買い求め、カウンターに青い照明が当たるようにしてみた。しかしお客様は?となると、パンツ一丁で飲む客、テレビにかじりつく客、飲み食いしながら筋トレのバイクをガンガンこいだり、ガチャガチャと胸筋を鍛えたりする客、カーペットで寝てしまう客、果ては椅子から転げ落ちる客などで、スピィーカー鳴らしても喜ぶ客は少ないし、ましては感動の涙流す客などはさらさらいない。横文字の店名に変えなくてはと思っていたのだがその必要はないようだ。
 そんな中、ついに胡蝶蘭が花開いてくれました。初冬に花芽が出てしまった温度管理が悪さ、日照不足、カイガラムシなどの襲来、酔客たちの暴力などから耐え忍んで咲いたのです。昨年と比べたら随分小ぶりで花の数も少ないのですが、美しくそして愛おしいのです。美しいと言えば、看護師の新人が来てくれました。夕方から高等看護学校で勉強する子ですが明るく活発で、院内はさらににぎやかになってきました。
 
 
2010年04月09日(金) サッカーだ

 イングランド、スペインそしてイタリアなどヨーロッパ各国のサッカーリーグの試合をよく観る。今、その中で特に面白いのはスペインのリーガ・エスパニョーラのFCバルセロナのゲーム。メッシ、シャビ、イニエスタなどのプレイはもうショウでありもうエンタテイメント!芸術的プレイに観衆はどよめき総立ちで大騒ぎなのです。年収40億のメッシはもう神のようで、スピード、テクニックそして瞬時の判断力いずれの面で、あの「神の子」マラドーナを超えてしまったようです。でも、スタジアムの観衆は上手な選手だけに声援を送っているのではありません。観衆のほとんどは選手個人の能力、技量までも知り尽くしていて、選手たちの予想以上の活躍、頑張りには大観衆で名前を連呼して褒めたたえるのです。観ていて涙をおさえきれない時があります。なんて素晴らしい「文化」なのでしょうか。一度観てみて下さい、とりあえずバルササッカーを。きっと必ずとりこになってしまいますよ。
 これほどサッカーが面白くなったのはボールの進化もあると思います。今のボールよく飛ぶし、よく弾むし、より変化させやすくなっている。強いシュートは無回転ボールで左右前後にぶれながら矢のようにネットに突き刺さる。その昔、天才釜本のシュートはずば抜けて迫力があったがシュートボールはゴールマウスに入る時はおじぎをしていたものです。昔のサッカー人はどんな時でも礼儀正しかったのです。思い出すに、昔のボールの外側は天然皮、中のゴム製のチューブに空気を入れる構造で、しばしばパンクするのでチューブの取り換えが必要であった。練習が終わればチューブの空気を抜いてチューブ取り出し、皮の水分を拭き取り、ワックスを塗らなければならなかった。それをサボると翌日はボールが変形してラグビーボールのようになってしまうのである。本革だから水をよく吸う。雨中の試合になると当然グランドは芝でなかったので泥も付いて蹴っても飛ばない。ヘディングなぞするものなら顔は泥だらけ、頭の中では鐘が鳴り、頸は鞭打ちになるのである。最近物覚えが悪くなったのはその時の影響が今出てきたのかもしれない。
 日本時間、平成22年4月11日早朝、バルサ対リアルマドリードの大一番がある。絶対にどうしてもテレビ生中継で観たい。その気持ちを抑えきれずWOWOWに申し込んでしまった。映画なぞ見ないのに。
2010年01月22日(金) スミトライス

 持込亭の客に洋食の料理人がいる。たまに来店するのだが、飲むだけで決して料理しようとはしない。一昨年事情があり惜しまれながら閉店したが、盛岡で30数年来のレストラン「レンガ亭」のコックで、本物の料理人。私は長い間のそこに通い詰めていた。しかしステーキとかハンバーグなどは出してもらえず、その料理人の出すモツ煮込み、尾頭付の煮干し、漬物などをつまみに料理人の手元が見える場所でステーキの焼ける臭いを嗅ぎながら飲むのが常だった。1月14日、どうゆう風のふきまわしかその料理人が立ち上がったのだ。やる気満々で来店。ならばこの機会を逃すものかと土鍋でご飯を準備、そしてニンニクを買いに走らせた。目的はスミトライス。スミトライスとはニンニクライスのことなのだが、シャンソン歌手の立川澄人がコンサートに来る度に「レンガ亭」で注文したことからその名の由来があるのだという。これが絶品だったのです。まねしてつくってはみるのだが、料理人の味ではないのです。まして「レンガ亭」は閉店してしまったので実は幻のスミトライス。料理人が仕事しているとのうわさに大学の教授までが持込亭に来てくれた。だが、料理を楽しみに来てくれたのに到着した時には焼き肉、スミトライスのほとんどは常連客たちの胃袋に入ってしまい、残っていたのは私がさばいたアジ、イカの刺身だけだった。大変失礼したような気がする。今度料理人がその気になった際には真っ先にお知らせしようと思う。それにしてもうちの店の常連客たちの食べっぷりはすばらしく、いつも完食、完売。そのためか、いささか身体的な変化が見られるような気がします。客たちの名は?その名前は明かせません。が、菜園に来て何気に見回してみてください。なにかヒントが発見されかも知れません。

*1月20日、料理人来店。持ったのは箸とビールグラスだけ。
2010年01月13日(水) 時代遅れの古い・・・。

 先人は経験が何より大事と言うものだからいろいろ積んでみたが、いらない経験ばかりだったみたいで年齢だけはベテランとよばれる域まで達したものの時代遅れの古い医者になってしまった。もう第一線ではやっていけないと、いっそヒト相手の診療所を廃業して遠くアフリカにでも逃げ出し、悩めるサル、キリンのおしりの治療に専念し地球平和に貢献したいと考えることもある。しかし、こんな身になってしまったがもう少し診療に携わりたい、まだ何かできることがあるのではと、ノスタルジアと頼まれもしない老婆心で「最後の言い訳」をしてみようと思う。


その一.手術そして医療器具

 「昔」、手術で使う主な道具はメス、ハサミ、針、糸、ピンセットそして人間の手であった。とりわけ人間の手は重要な武器で内臓臓器を押さえたり持ち上げたりして、腸と腸をつなぐにしても裁縫と同じで手で縫い合わせていた。だから、先輩の職人的な手さばきに憧れをもって見ていたものだ。また二人の外科医の手が創内に入れば何も恐れるものはないと言われていたため、創を大きく開けて広い視野でする時代だった。当時、医療従事者が肝炎などの感染症から自己防衛するという意識はほとんどなく、腕、顔ばかりかパンツの中まで血と排泄物にまみれながらの手術はしばしばであった。今は内視鏡下での手術が盛んに行われている。腹部外科であればお腹に小さな穴を何カ所か開けて内視鏡を入れモニターを見ながらの手術で、腸を切ったり縫ったりするのも簡単に言うとホッチキスの親分みたいなものでしてしまうらしい。そのため創は比べ物にならないくらいに小さいので、術後の痛みも少ないし回復も早いので退院も早い。で、この古い時代遅れの医者はテレビゲームさえもできない。くやしいから欠点を捜すと、器械が高価なディスポーザブルなので医療費がかさむしゴミが発生する。昔は手術が終わると洗濯物の山だったが、今は器械のほか感染症対策から術衣などもほとんどが使い捨てるので医療用廃棄物の山。ここで頼まれてもいないのに老婆心。戦争は今やコンピュータを駆使したハイテク戦争なのだが、米陸軍ではデジタルが使えない時のためにアナログでも訓練しているという。
2009年12月28日(月)

 ランたちも越冬のため自室にランを呼び集めた。キッチンの為に部屋が狭くなったが三段ベッドを活用してどうにか部屋に収めることができた。根が鉢からはみ出し鉢が小さいかなと思われるものもあったが、この冬は省エネ!と決め込み余計な手を掛けないつもりでいた。ところが花芽を見つけてしまった。それも多数。今は11株、中には7cmにまで成長している。多産系?狂い咲き? できれば今年中だけでも大人しく休んでいてほしかった。また朝夕の日課が増えてしまう。真冬にこのランたちが満開となったりして。
 
 
2009年9月29日(火)

 避暑という名目で観葉植物と胡蝶蘭たちには自室から院内の各所に移動してもらい、その空いたスペースにアイランド型のキッチンを作ってしまった。ずっと水場がなかったので持込亭で酒の肴をつくるにも不便であった。当初の計画では魚をさばける程度の台所であったが、次第にエスカレートし大勢でワイワイ飲み食いできるキッチンカウンターのついたものとなってしまった。キッチンの天盤があまりにも大きいためクレーンで四階まで吊り上げるという大騒動の末に完成し、これで持込亭は完璧に飲み屋の機能を有してしまった。週二回ほど盛岡中央卸市場に行っては食材を買い入れ、その日は診療時間終了と同時にマイ包丁に持ち替えて下準備に。鮮度は小売店を経由しないので抜群!「すしの技すしの仕事」、「刺身の教科書」の本を読みながらであるが、ハマチ、カツオ、メヌケ、ヒラメ、タイ、カワハギ、鱸などはあまり時間をかけずにさばけるようになったし、〆サバ、鯵の一夜干し、〆コハダ、赤貝、北寄貝などはもう慣れたもの。せっかくの力作を自宅に持ち帰っても喜んでくれるのは犬だけかなと思うので、文句を言わせない職員や友人達に無理やり食べさせ有頂天なのです。それに飽き足らずにさらに脱線、〆た魚を本職の料理人に出してみたり、さばいたワラサなどを料理屋のお客さんたちに振る舞ってしまっているのです。自分のことながら恐ろしいことです、図に乗るって。でもわかっています。同じ刺身でも包丁の入れ方一つで新人とベテランでは味に大きな差が出ることは。私も同じ職人ですから。

 早朝の卸市場は実に楽しい。人々が忙しく走り回り、せり落とされた大きなマグロからウニまで大小そして様々な魚がずらり。歳をくって朝の早くなった自分には最高の所。ただ心配なのは長年の酷使で肝臓の代謝が落ちているので前夜の酒が抜けきらない事。朝暗いうちから車で走りまわっているのですから検問に出くわしたら一発アウト!かも。さらに楽しいのはT水産の会長、その従業員の皆さん、それに仕入れに来るプロの人達などいろんな人に会えること。その人たちに教えてもらった旬の魚、うまい魚を買い入れ、奥の事務所でコーヒーをいただいて6時過ぎには自室に帰って来る幸せな朝なのです。
2009年6月17日(火)

 身丈5cmほどの小さな胡蝶蘭、可憐な花を咲かせています。昨年秋、32鉢34株に植え替えしたうちの2鉢です。根腐れで小さい体になり、さらにどこかの酔人に蹴飛ばされるなど、数々の試練に耐えて花を咲かせています。(写真1)
自慢の受付嬢たちです。蘭の花も見て下さい。(写真2)
 

(写真1)

(写真2)
 
2009年5月19日(火)

 先日、友を癌で失った。還暦を少し過ぎたばかり。「我々の仕事は60歳過ぎてからが始まりだ」と飲むたびにしゃべっていた。モルダウを訪ねて一緒に東欧をまわろうと約束したよね。病気が発覚した時、「元気なうちに飲みましょう」と言ってたよね。まだその約束が残っているよ。そうか、出張に行ったんだ。長いのかな。帰ってきたらゆっくり飲もうね。話したいことがたくさんあるよ。
2009年3月12日(木)

 月に2から3回私の自慢の観葉植物で満ちた部屋が居酒屋「持込亭」に変身し、私がその店主となり接待する。当初は出来合いのを買って持ち寄り並べるだけであったが、鍋料理もできるホットプレートを導入してからはメニューが増えた。今まで作ってみた料理は、前沢牛のすき焼き、湯どうふ、餃子、豚バラの焼肉・ニンニク風味、カニ玉etc。客は多彩。常連客のMは「日本酒」を語らせたらそのウンチクは長い。携帯電話、車のキーを投げ捨てパンツ一枚になり真剣によく飲む、そして飲まれる。40歳を超えた独身のY。最近何度目かの見合いの末彼女ができたらしい。私どもには会わしてくれない。何かやましいことがあるらしく、それが私共の口から彼女にばれるのが怖いらしい。先日無理やり体重体脂肪計に乗せたら体内年齢が66歳とでた。たまに来店するアナログ派のA、飲みながら、忙しく次々とCDをかけ変えしてデジタルのあら探しをする。菜園という場所柄周辺に飲食店がそれはたくさんある。そして行きつけの飲み屋もこれまた多い。それなのに来店希望者は多い。節約?いや、店主の魅力!「ちゃんと後かたづけしますから」と言うがそれを守った者はいない。朝起きるとビールの空き缶、一升瓶がゴロゴロ転がり、使った鍋、皿がカピカピに乾いて散乱している。それでも客に喜んでもらえた満足感に浸りながら後かたづけにとりかかる。最近「すしの技 すしの仕事」(小澤 諭 著)という本を手に入れた。握り方、仕込み、すしの道具さらにはすし職人の心得まで書いてある。うれしくなって、出刃、刺身包丁、砥石、まな板、骨抜き、ざるなど道具は揃えた。さてあとは実行。
2009年2月27日(金) 偽陰性

 初診時の問診で、大腸癌検診を受けているかどうかを必ず聞くことにしています。このごろ、検診で異常なし(正確には便潜血検査が陰性)と言われた人に大腸癌や大腸ポリープがよく見つかります。ちょっと気になったので当クリニックで大腸癌、大腸ポリープと診断し得た患者さんの中に、検診で異常なしと言われた患者さんが何人いたかを調べてみました(平成20年1月から平成21年2月)。その結果驚くことに、4人の進行大腸癌(直腸癌3人、S状結腸癌1人)、3人の大腸ポリープ(腺腫)の患者さんが検診で異常なしと言われていた。まだ十分に検討してはいませんが、理論的にこれほど多いことはあり得ないことで、たまたま、偶然だと思っています。そもそも大腸癌検診とは便に血液が混じっているかいないかで、癌、ポリープなどあるかいないかを推察するといういわば間接的な方法です。便潜血検査そのものの検出精度は格段によくなってきていますが、癌とかポリープはいつも出血しているとは限らないので、癌とかポリープがあっても出血してない時に採便すると検査結果が陰性となってしまいます。これらのことから実施回数、検体の取り方などいろんな検討が必要と思われ、何らかの機会に専門の方々にお伺いしてみようと考えております。
2009年2月19日(木) 10年ぶり、10年後!

 手術して10年ぶりに「点検に来ました」と隣県より来院。私より3歳年上、男性。「全く悪いところはありません。薬も何も要りませんよ」。「ありがとうございます。10年後にまた来ます。それまでお元気で」と。一瞬、躊躇して、「お待ちしています」とは言えなかった。還暦で0歳から再出発したばかりだが、成人病がこれから益々雨嵐のように襲ってくる残りの人生、あと何年この仕事をさせてもらえるのだろうか。還暦を機に、18歳からいたずらに始めた煙草をやめ、週三回の筋トレそして水泳。それら今もめずらしく継続中なるも、やはり虫が良すぎるよな・・・。
2008年9月25日(木)

 還暦なのです。しかしホテルや料亭で派手な還暦祝いをするのをやめて北海道でゴルフしようという企画がこの春にあり、今月の13~15日にそれが実現した。メンバーは還暦の私とM氏、それと還暦前後の気の合った仲間たちで総勢6人であった。M氏なぞは有名人なのでその還暦祝いは一流ホテルで500人以上のパーティーになるはずで、盛岡にとってはかなりの経済効果減であったはずである。いろんな人達から「熟年修学旅行」「ちょい悪オヤジ団体旅行」などと言われていたのだが、非常に楽しみにしていたし、行って来て本当に楽しい旅行であった。

 「恋の町札幌」とかで若い時はずいぶん羽を伸ばしたものだったが、やはり還暦前後の熟年代の旅行者はおとなしいものだった。せっかくの札幌で、飲み放題、食い放題の夕食の設定自体さみしいものなのだが、そこでたらふく飲み食いし、さらに札幌ラーメン食うべく腹を空かすために満腹の腹を抱えススキノをただブラブラ。若いネーチャンのいるスナックで一杯と提案する者はない。そして約定通り定番の札幌ラーメンをかきこむというなんという芸のなさだ。いくら老い先が短いとはいえ、ゲップまで出して食うことはなかろうに。ホテルに帰っても、つい3,4年前までは部屋に集まり自販機のビールを飲みつくすほど勢いのあった仲間たちなのだったが、「お休み!」で解散。ましてネオン街への気力、体力も失せ、帰りの飛行機で「あの若いキャディーおもしろかったな」との話題で盛り上がる企画通りのゴルフ旅行であった。
2008年8月7日(木)

胡蝶蘭が咲いてます。

「花鳥風月」、「自画自賛」。「歓天喜地」、「有頂天外」。水を与えすぎて枯れさせたり、新芽を折ったりしたことなどすっかり棚に上げ、「我田引水」、「厚顔無恥」。
 

最後列3鉢は今年2月からの新参鉢。それより前方は生き残った越冬鉢。
(7月26日撮影)
 

越冬鉢。美しい!
(8月7日撮影)
 
2008年4月30日(水)

 日本酒、ウィスキーの仕込み樽に音楽を流すと味が良くなったり、乳牛に音楽を聴かせると乳の出が良くなったりするそうだ。それを真に受け音楽は「万病の薬」と信じて疑わないのでこの冬居候に来た植物たちにたっぷり音楽を聴かせてやった。しかしである。肥料、水は十分気をつけてあげているので生きはいいがどうも発育がイマイチなのだ。たとえば、越冬しに来た洋ランは30株、そのうち枯れてしまった( 枯らした?)のが7株。残った23株のうち7株にやっと芽が出てきた。しかしその芽なまだ1~2cm位で中々伸びない。成長が全く遅いのだ(初めての経験だから本当に遅いのかわからないのだが)。

 最近聴かせた音楽は美空ひばり、石原裕次郎、林 英哲、安富祖貴子、ボン・ジョビ、ジョン・レノン、カーペンターズ、ポール・サイモン、ロッド・スチュワート、クリフ・リチャード、ナット・キング・コール、ニール・ダイヤモンド、ルイ・アームストロング、キース・ジャレット、ウィントン・マルサラス、バルネ・ウィラン、小沢征爾、ルーベンスタイン、スメタナなど。近所の住宅とは離れ、しかも病室とも距離があるので、時に夜中まで、時には早朝から大音量で鳴らすことが多い。植物たちの好みも聞かないで聴かせた様々なジャンルの音楽、大音量、夜も眠らせない蛍光灯の光、また時に仲間たちが集まるとタバコの煙。これでは植物たちには拷問と等しく、生活サイクルがすっかり乱されて、発育障害に陥ってしまっているのかそれとも反抗か。先週、ふと思いつき心を改めた。ヒーリングだ!と。羽田健太郎、S.E.N.S、服部克久の音楽畑、ジョージ・ウィンストンそして罪滅ぼしにCDショップに走り宮下登美夫、倉本裕基を買い込み、夜中とか朝方は光を落とし多少ボリューウムを下げて聴かしているが。果たして、結果はいかに?思いやりの心はいつまで続くのか?
 
 
2008年3月18日(金)

 受付業務に3月1日から正式に2名の新人が来てくれました。しかも若い女性です。
これで職員の平均年齢がグッと下がり、20代、30代、40代、50代そして60代と各年齢層がそろってしまいました(私はまだ50代です。参考まで)。
 受付、待合室の写真をご覧ください。頂いたラン三鉢が美しく輝いています。それにその中に寒さで枯れかけ、一冬私が看病し(?)生きかえったポニーテ-ルも写っています。それに若い女性二人が入ると、いやはや美の競演でーす。
写真に登場してもらおうと考えたのですが、美しい若い女性だけを掲載するとその他の年代の職員からクレームがついたり、また過剰広告で医師法違反だ!とその筋からお叱りをうけると困りますので泣く泣く断念しました。
 
 
2008年3月14日(金) 見便のススメ

 便器は年々進化してきて、シャワー、乾燥機能が付き快適さが増すばかりで、「痔」の予防には大変良いことではある。ただ、性状とかを見ようと思っても見づらい構造になってしまった。節水も考えて流れやすくしたためかと思われるが。そんなことで、臨床的に明らかに出血があると思われる痔核、直腸癌、S状結腸癌の患者さんに「血が混ざっていませんでした?」と聞いても「トイレでもみえないので」と、出血に気づいていないことがよくある。快適、便利になった反面そんな不幸なことが起こることがある。分身なのです、自分の体からの大きな大事な便りなのであり、知らせなのです。いろんな情報が込められていますので見て知っておく必要があると思います。ましては血便、出血などはSOSの信号なのですから。そこで対策です。年に一度の便潜血検査を受けることは言うまでもありません。流してもいい紙をたたんでその上に用をたしてみたり、また洗浄、乾燥の前にペーパーを使いそれを見てみるとか、日常、自分で確かめるような習慣をつけるのは如何でしょうか。
2008年1月25日(金)

 診察中、患者さんのおしりをたたくことがあります。「バシッ」、「バシッ」とではなく、軽く「ポン」と。また触るのではありません、触っていたらそれこそセクハラで医師免許がいくつあっても足りない。「良くなったよ。もう心配ないよ」、「もう通院しなくてもいいよ」としゃべりながら「ポン」とするのです。うまく治療し得たことの安堵感、満足感からなのです。心から喜べるし。ちょっと昔、大腸癌とか直腸癌の患者さんがほとんどであったのでそうではなかった。その当時は通常、癌を告知することはなかったので、本当の病名は伏せて良性の腫瘍とか潰瘍ですよとムンテラ(独語の略。直訳すると「口での治療」)し、つまり、うそをついて手術を納得してもらったりもしました。そして末期の患者さんには作り笑いで肩とかお腹をポンとたたきながら「今の炎症が取れると良くなるから、治るから」などと言ったりして。その時の、失う悲しさ、うそをつき通すむなしさ、救いきれなかった悔しさ、無力さといったら・・・。そんなわけで「痔」という良性疾患ゆえの難しさはありますが、今やり甲斐がありますし、生き甲斐でもあります。これからも「ポン」とおしりをたたくことはあると思いますが、流行に乗ってかじったりはしませんので。
2008年1月11日(金)

 ただ今、ズブの素人がたくさんの植物をめげずに管理(?)しています。年末年始の休み期間は外来、厨房などは暖房しなくなるので、そこらにあった植物たちが私の部屋に避寒のために年末の29日やってきた。元からあったものを含めると39鉢の大所帯になったが、彼らにとって運の悪いことに私は植物に関して知識も経験も全く持ってはいないのだ。集まった植物たちの中に、花木が成長しすぎその割りに鉢があまりに小さかったり、咲き終わったランのなかには鉢から根っこが露出していたのもあったので、無謀にも植え替えを決意し、30日にホームセンターに。ラン用、観葉植物用の土、ミズゴケ、鉢を購入、冬の時期はやってはいけないと聞いたことはあるがそんなものは全く無視、30・31日自室のフローリングに新聞紙を敷き、部屋中に土を散らばして合計5鉢の植え替えを敢行した。「見よう見まね」と言うが、植え替えなんて今まで見たこともないので、大きめの鉢に買ってきた土をドカッと入れて花木を差し込んだだけ。部屋の中は暖房が効いているし植物も春と勘違いして許してくれるだろうと願いつつ。しかし、やはり事件は起きた。1月2日頃からある鉢(昨年8月から同居しているが名前を知らないのだ)の葉っぱたちが次第に黄色になっていき、そして4日には全体の三分の一の葉っぱたちが黄色になってしまった。植物は何も話してくれない、何も訴えてくれない。考えた、が当然自分なんかに原因がわかるはずはない。何の気なしにヒョイと鉢を持ち上げてみたら受け皿に水が満々!!溺死させるところであった。経験も知識もない者が鉢の植え替えなどを初めてやってのけ、自己満足、自己陶酔に落ち入ってしまったのだ。酔って、元気のない鉢を見つけてはその度に「水不足だ」と頻繁に水を与えたみたい。「まず飲め!二日酔いなんて飲めば治る」なんて、植物にも、酒を強要する酒飲みの悪い癖が出てしまったようだ。
 
 
2007年12月19日(水) 15年

 平成4年以来、「可能な限り手術しない治療法で、手術が必要でも可能な限り外来手術で、入院手術でも可能な限り短期間の入院で」をモットーに診療してきて15年を経過しました。県内はもちろん、秋田、青森、宮城時に山形、福島など遠方から来ていただいた患者さんの総数は平成19年12月21日現在で19,994人、手術件数は14,758例を数え、手術簿はもう11冊目です。遠方からわざわざ盛岡までいらしてくれて患者さんが自分の人生の一部を私に預けて下さる。ありがたいかぎりで、本当に医者冥利につきます。フサフサあった頭髪は前頭部から頭頂部にかけて少々薄くなり、白いものも目立つようになりました。しかし、診療所も新しくなりました。そしてまだ体力はあります。ゴルフのドライバーの飛距離は時にキャリーで270ヤードを越え、まだまだ若い者には負けておりません。わがスタッフは、若干の入れ替えがありましたが10年、15年と熟成されてヴィンテージもので、看護、受付業務、厨房など各部門とも自慢できるスタッフであると自負しております。来年は還暦で0歳からの、診療所もあわせ再スタートです。
2007年11月29日(金)

 「痔」とは痔核、痔ろう、裂肛などを含めた総称として一般に使われています。その「痔」はなぜ「疒」に「寺」なのかについては、寺にいかなければ治らないつまり死ななければ治らないからと聞いてはいましたが、その解釈が正しいかについては半信半疑でした。しかし先日NHKの番組で高名な国語学者が寺云々と話していたのでその意味をこめてつくられた字なのでしょう。ちょっと昔まで不治の病と言われた結核が流行していました。結核は肺だけでなくいろんな臓器を侵します。「痔」のうちの結核性の肛門周囲膿瘍・痔瘻がかなりの頻度であり、それが時に重篤な症状を来たしたのではないでしょうか。たまに「痔ろうは大変な病気でしょ」とか「痔ろうは命が危険な病気でしょ」と怖がり来院する患者さんもいます。結核性の痔ろうで苦しんだ人や命をなくした人がいて、代々それを口伝えに聞いていたのでしょうか。ワクチン,抗結核剤の登場以来現在では肺結核もまれとなり、結核性痔ろうはほとんどみられません。私は約20年も前にそれを一例経験しただけです。今、痔は治ります。いぼ痔(痔核)、切れ痔(裂肛)、あな痔(痔ろう)いずれも寺にいく前に治りますし、治すことができます。寺まで持って行かなくていいのです。ちなみに英語では痔核はhemorrhoids、痔ろうはanal fistula,裂肛はanal fissureです。hemorrhoidsのhemoは「血」を表わし、それ以下は「漏れ出るもの」と私は勝手に解釈しました(専門的に調べていません。スペルのニュアンスからです。-rrhoeは漏と訳すことがあるので。ex.脂漏seborrhoe)。ごたごた書き過ぎましたが、いずれにしても英語圏、ドイツ語圏では危険な、命にかかわる病気としてはとらえてないようです。

そこで提案。「痔」を漢和辞典で調べてみると、会意兼形声、疒+音符寺 とあります。寺に行かなくても治る病気なので「寺」のかわりに「治」としたら如何だろうか。つまり「痔」は「○」です。カンペキの造語、造字(?)、新字でありますが、どうでしょうか?
2007年11月 9日(金)

 
防犯灯 ? 集魚灯 !?
 
当院の場所がわかりづらく探すのに大変だったとしばしば患者さんからお叱りを受ける。当院は菜園循環器内科医院様のすぐ隣なのですが、菜園循環器内科医院様におじゃましてそこの受付嬢に当院の場所を聞いて来たという患者さんもいますし、タクシーの運転手も探し得ず、まして一方通行なので菜園中をグルグル引き回されて来たという患者さんもいます。それもこれも看板が目立たないからだと皆様に言われる。看板の設計の際横文字も入り、しゃれて上品で私のキャラにピッタリで、今までの肛門科の‘悪いイメージ’を払拭できると自信あったのだが、目立たなければ看板の意味がない。あらためて外に出て見てみるとデザインは良い看板なのだが、あまりにも小さいのですっかり街に同化してしまっていて全く自分を主張していない。ところが日没後は一変、看板の文字は良く読めないが、白色でワット数が大きいので周辺を真昼のようにしている。たまにおじゃまする飲食店の女性たちからは感謝されているのだ。夜明るいから安心して歩けると。うちの看板は防犯灯としては役に立っているようです。

近くに菜園交番がある。ある患者さんがやはり当院にたどり着けず、その交番に行って「ひろし外科肛門科はどこですか?」と聞きに行ったそうだが交番でもわからなかったらしい。移転・改称して4ヶ月、事件で110番したらすぐに駆けつけてくれるだろうか。チョイと不安。PRが足りないのだ。菓子折りでも持って挨拶に行くか。しらふで行く勇気はない。一杯ひっかけて行って酔いがまわり過ぎモジモジしてしまうと、逆に職務質問されうまく答えられない場合は一晩鉄格子のなかにお泊りになってしまうかも知れない。いろいろ考えてしまう。まあ何と言っても警察に覚えてもらうには事件で来て貰うのが最も早く確実です!有吉吉田クリニック時代は三度菜園交番から出動を願った。二度の空き巣事件と酔っぱらいの不法侵入および器物破損事件が一度。その酔っぱらいは旅行中の大阪の学生であったが、レントゲンの現像室に立てこもりしばらく出て来なかった。なぜ篭城したかについては話を聞けるような状態ではなかったため、警察に引き取っていただいた。そんなこともあり公私とも菜園交番にはマークされていた。

 当院は上品な小さな看板一枚だけですので日中はあまり目立ちません。もし、おわかりであればお忍びでも大丈夫です。おわかりでなければ日没後にいらしてみて下さい。集魚灯のように明るく周辺を照らし出し、明るい街づくりに協力しているところが「ひろし外科肛門科」です。
2007年11月 8日(木) 問診 (9/13の続き)

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1.現症に関する問診
  a.疼痛
  b.出血
  c.脱出
  d.膿汁の排泄
  e.掻痒
  f.下着の汚れ
  g.便とガスの区別

2.病歴に関する問診
  a.治療歴
   ・観血的治療
   ・非観血的治療
  b.既往歴
   ・放射線治療の既往

3.排便に関する問診
   ・便の性状、回数
   ・異常排便感   

4.その他
   ・妊娠、出産
   ・大腸検査施行の有無 
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 以上のように多岐にわたって、お話を伺い知っておくべき事があります。その他にも排便の状況からはては食べ物の嗜好までのお話をお聞きする場合もあります。また「痛み」でも、どんな痛みなのか(激痛、鈍痛etc)、排便と関係ある痛みなのか、関係ない痛みなのか、排便時に痛いのか、排便後に痛くなるのかなど細かくお尋ねします。なぜならそれにより考えられる疾患が違ってくるからなのです。その他出血、脱出なども同様です。この問診は特に重要で、それだけでどんな病気かほぼ診断がついてしまうことが多いのです。そんなものだから診察前に細かく問診表に記載してもらう施設が多いのですが、私は時間をとって、症状なり悩みを直接お聞きしたほうが把握しやすいし、細かいところがよりわかると思っているので私のところの問診表はいたって簡素です。
2007年10月19日(金) 紙ジャケ

 私にはレコードプレイヤーがない。だからCDしか聴けないので一応デジタル派である。アバンギャルドのスピーカーを大音量でドンドン,バリバリ,キンキンと鳴らし、これぞ音楽!これぞジャズ!と涙流している、にわか音楽ファン,似非ジャズファンなのである。ゆえにCDしか買わないが、今も根強いアナログ派をデジタルの世界に引き込もうとする音楽会社の策略か、たまに紙ジャケットのCDが発売される。つい音楽評論家のお薦めに従い買うことになってしまうが、紙ジャケCDは好きではない。まず棚に並べて置くと背の文字が小さいので老眼の者にとっては読むのがつらい。CDを取り出すにもビニールの中袋と一緒に出して、ジャケットを置いてそれから録音面を触らぬように中袋から出さなくてはならない。しまうのにも大変。持ち運んでいてCDが滑り落ちないようにするには中袋を90度回してジャケットにいれなくてはいけない。不便だし面倒だし時間がかかって困る。なぜ紙ジャケCDがうけるのだろうか。不思議な組み合わせだし。レコードファンというのはアナログが好きだということだけではないのだろう。ジャケットを愛で、おもむろに盤を取り出し、盤を慈しみ、スプレーをかけブラシでほこりを拭い、そらから慎重にターンテーブルにのせる。アームがゆっくり移動、カートリッジが静かに盤に着地し曲が始まるのをコーヒーすすりながら待っている。そのような時間なりプロセスなりに無類の喜び、楽しみを感じているのがレコードファンなのだろうか。ガチャガチャ、ポンで曲が始まり選曲も簡単にできるCD聴きにはない“文化”だ。そんな擬似動作を可能にさせてくれるのが紙ジャケCDなのだろうか。

 仲間にAさんという音楽大好きな人がいる。昨年、その友の自宅におよばれし、おじゃました。CDも数え切れないほどあったがレコードは何千枚が専用の引き出しにしまわれていた。ところが見て驚いた。大多数のレコードのジャケットは真っ白。それに自筆でタイトル、演奏者などが書いてあった。なんという暴挙。聞けばレコードのジャケットが古くボロボロになったため白のジャケットを買い、入れ替えて古いのは捨ててしまったとのこと。古いレコードは一枚何万かで取引されるのもあるという。しかしそれはジャケットも揃わないとほとんど価値はないのではないかな。もしジャケットが揃っていたら、ハウ・マッチ?ところが、Aさんはそんな俗世界のことは全く眼中にない人なのである。驚きもさめないうち、Aさんが自慢のプレイヤーでレコードをかけてくれ、「やはりレコードはいいでしょ?」と。日ごろCDばかり聴いている者(聴けない者!)にとってやはり雑音?(アナログ派にしかられるか)が気にかかった。が、奥様にたくさんビールをすすめられていただいていたものだから、「音に温かみがあっていいですね」と意に反したことを言ってしまった。生来、私はお調子者なんです。Aさんの名誉のため話を続けなくてはならない。一つの曲を指揮者別に次々にかけてくれて「指揮者によってこんなに違うでしょ」と言われた。どこがどう違うのか自分には全くわからなかった。Aさんは真の音楽好きで、とんでもないマニアなのです。
2007年10月 9日(火)

 医院の4階の自室は前のオーナーの娘さんがバレーの練習に使っていた部屋で、部屋の西側半分に天井から床まで鏡が張ってあり、鏡の前にはかわいい踊り子が脚を上げたり下げたり練習する時使う木製の横バーが作り付けてある。そこを自分の部屋として使っている訳である。移転して鏡の前にトレーニングマシーンとエアロバイクを置いた。手術衣に着替えたりする時、裸を鏡で見てしまうことがある。もちろんパンツは履いてである。全裸で鏡のまえに立ったことはまだない。頭髪は白くうすく、額に横に流れる太めの皺、眉間には縦に三本の皺,頬とも大胆な皺が左右に各二本。四肢はスラーとしているが腹は前方にせり出し、その上に筋肉が削げ落ちた胸部が乗っかっている。お前は誰なんだ?俺ではないよな。俺に似てはいるから俺の兄貴か。いつ来た?鏡に写るその他のものはすべて美しい。箪笥だって、転がっているゴルフボールだって、ペットボトルだって、消しゴムだって美しく見えるように計算され作られてはいるが、使われ時間たってもそれを保っている。それなのに神様がせっかく創ってくれた人間なのに、鏡の中のその肉体はなんという醜さ。なんいうミスマッチ。思いっきり腹を凹ましボディビルダーのようにポーズをとって気取ってはいるが、この鏡の中ではやはりミスマッチ!「兄貴、歳とったな」。
2007年9月14日(金)

 数年前の話。盛岡市の繁華街に夕方になるとワンホーンまたはツーホーン+ピアノでジャズを路地に向けてガンガン鳴らしているビルがあった(今も鳴っている)。数多くの飲食店が入っており多数の看板がならんでいた。その中に‘グルーブ’という看板があり、てっきりそのジャズを鳴らしているものと思っていて、いつかは行ってみたいものだと考えていた。グルーブ、grooveという言葉はスィングジャーナル誌などで評論家が「このグルーブ感!」とジャズをほめる言葉としてもちいているため、ジャズに限定して使うものと思い込んでいた。ある日友と二人で憧れの‘グルーブ’へ。そのドアーに近づくに従いジャズの音はだんだん小さくなりいやな予感。思い切ってドアーを開け入ったら唖然!客一人いずガラーンとして静まりきった室内。若い女性が三人。おしぼりを出され「前金で一人5,000円です」と。音楽は?と聞くと「カラオケでーす」。ウィスキーと氷を出されたが頭の中は真っ白。女性は若いしミニスカートだし嫌いではないのだが早々に退散した。このgrooveは何なんだ。Groove=jazzではないんだ。ジャズにだけではなくいろんな使い方があるんだ。カラオケスナックでもgrooveなんだし。そこで英和辞典で調べてみた。

 Groove

  名詞
   1.(レコードなどの)溝、わだち
   2.慣例、しきたり
   3.適所
   4.a.たのしいこと、すてきなもの b.名演奏のジャズ

  動詞
   1.・・・に溝をほる
   2.楽しませる
   3.腰を落ち着ける
   4.名演奏のジャズを楽しむ。うまがあう。進歩する。最高潮である


 先日 棚にgroovologyというタイトルのCDをみつけた(Gerald Albright, uccr1016)。いつ買ったのか、聴いた記憶もない。今度はgrooveに-logyがついた単語だ。医学の世界では-logyは通常 ・・学と訳すことが多い。なんと訳すのだろうか。その答えを見つけるべくそれを二回聴いてみた。わからない、‘グルーブ‘もわからなかったがこれもわからない。どんな学問でも奥は深い!諸兄の皆様何と訳すか教えてくだされ!
2007年9月13日(木)

 たまたま大学医局時代の医学生講義用のノートを見る機会があった。まあ昔の事とはいえ、ずうずうしくよく講義なんかしていていたものだと恥ずかしい限りだが、これを題材にすれば少しは役に立ってもれえるかなと思いのせてみることにしました。
 
(スライド) 
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 肛門診察の実際
  1)問診        
  2)肛門周囲の視診
  3)肛門周囲の触診
  4)直腸内指診
  5)肛門鏡診
  6)直腸鏡診
  7)(直腸内圧検査)
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 肛門疾患の診察では他の部位のそれと違い少し特殊なところがあります。一つは通常シムスの体位と言うのですが、横向きに寝てもらってから診察になります。肛門疾患では排便時とか長い間座った時などお腹に圧がかかった時にいろんな症状がでることが多いのですが、腹圧のかからない横になった姿勢での診察ですので注意してないと病変を見逃してしまう危険性があります。たとえば、排便時に直腸が肛門から出てくる直腸脱という病気があります。横になった姿勢で直腸指診,肛門鏡検査してもそれがなかなかわからず、気張ってもらったり、しゃがんでもらってやっとわかる場合があるのです。二つ目は診察する部位の関係から、可能な限り少人数で診察にあたることがほとんどであるという点です。複数の医師で、複数回直腸診、肛門鏡診などを行うことはまずありません。三つ目は上のスライドでお気づきでしょうが、血液検査、X線検査、CTとかMRIなどによる検査の項目はありませんね。聞いて、見て、触っての感覚による診断法が主なのです。CT,MRI検査では裂肛、痔核およびその程度は診断できませんし、肛門周囲膿瘍は大きければ描出できるかもしれませんが、痔ろうの原発口の部位、ろう管の走行などもわかりません。このようなことから、肛門疾患では診察する側の感性の差、経験や知識の差が如実に診断結果にあらわれやすいのです。場合によっては過小診断、過剰診断が起こり得えますし、またあってはならないことですが‘経営を考えた診断’も無きにしもあらずなのです。

          (次回?問診)
2007年8月25日(土)

 中学、高校、大学とずっと体育会系で、大学時代の籍は岩手医科大学サッカー部 医学系にあったかのようであった。文系は全く苦手であつたがその反面文学青年に見られたいという虚栄心が強かったようで、見栄で書物は買った。しかし買って飾り並べた本はほとんど読まずに下宿を移るたびに質屋行きで、みな飲んでしまった(勧誘され、いつものように飾り用のジャポニカの百科事典を一巻ずつ月賦で買い始めたが、三巻目で続かなくなり買うのをやめてしまった。買ったときは結構高かったので、重たい思いしてそれを質屋に持って行ったが引き取ってもらえなかった。全集揃わないダメだそうだ。質草には要注意!)。今残るのはクローニン全集だけ。しかしこの全集だけは何度も読んだ。作文なんて‘未知の世界’で、年賀状、礼状、挨拶状なども可能な限り避けてきて、まともに書いたのは医学論文だけ。そんな文系なんかには全く縁遠く、パソコンなどいじることがなく生きてきて還暦近くなる男がホームページのブログにつまらないことをのせたりして、恥ずかしい限りです。生来無口で、あまりものを言わず生きてきたものですから、脳卒中で倒れる前に何かを残しておかねばと馬鹿をしております。ただ辛口で本心を書きたいのですが、周辺に波風立てないように配慮して書かねばならないし、教養もまして文才など全くない者にとってはさらに難しいのです。お許し下さい。
2007年8月21日(火)

 東京の住所で職業がトラックドライバーのSさんという人が来た。「肛門が開いてしまい下着とズボンが液と血で濡れてしまって困る」、「女房は亡くなり、障害者の息子と二人で暮らしている」と。脱出してしまった4度の痔核であったため、患部を画像で見てもらい状態を説明すると、「息子のために手術します」の返事であった。人のために自分の手術をする言った人は初めてで驚いた。その時の患者さんの輝いた目は実に純粋で美しかった。実家は隣県で、姉も名古屋から仕事休んで帰郷し息子の世話をするので今しかないからお願いしますとのことであった。 

 術後、病室でいろいろ話してくれた。奥さんは乳がんの術後二年半で脳転移を来たしして最近亡くなったこと。息子さんは26歳で毎日近くの作業所に通っていること。理解ある勤務先で、長距離の仕事はなく朝早いが朝食を作って出かければ夕方には帰れること。息子さんの話になると実に生きいき。子供のために子供中心に子供に人生を捧げて生きているのだ!悲壮感なんてまったく感じられない。

 Sさんは今日術後4日目に息子さんの待つ実家に帰った。明日は姉と三人で東京に帰るという。一期一会、もうSさんに会うことはないだろう。Sさんの人生にちょっとだけだが、かかわれたことがたまらなくうれしい。忘れかけていた大事なことを思いださせてくれた。またひとつ患者さんに教えられた。
2007年8月16日(木) 痔ろうと癌について

 8月8日のブログに「痔ろうがあっても支障なく生活できてれば、人により手術うけなくてもいいのでは」と書きました。でもこれは癌との関係からみますと正しくはありません。また「痔ろう(痔瘻)は癌になる?」と心配して来院する患者さんもいますので、痔ろうと癌について述べてみます。
まず“肛門腺”の説明しますと、犬たちがお尻を嗅ぎあうのを見たことがあると思いますが、その臭いをためて出すのが肛門腺です(臭い袋)。進化した人間では臭いを出すなどの機能は退化しましたが、肛門の出口からちょっと入ったところ残存する小さな組織です。その肛門腺に細菌が感染すると肛門周囲膿瘍・痔ろうになるといわれています。
 直腸に発生した癌は直腸癌、肛門管に発生した癌は肛門癌です。肛門癌のうち肛門腺から発生した癌を痔ろう癌といいます。痔ろう癌は非常にまれで、日本の学会誌に報告されているのは、我々も一例経験し報告してますが20例ぐらいです(約10年前のデータ。引越しで文献消失!記憶不確か。現在はもっと報告例が多いはずです。調べてなくてすみません)。ただ痔ろう癌だと診断するには肛門腺から発生したという組織学的な証拠が必要なのです。もし肛門腺から発生したとしても、癌が進行して大きくなってその証拠が見つけ出せないと、通常の肛門癌に分類されてしまいますので、実際は痔ろう癌はもっと多いかと思われます。しかし外来で診てますと、自分でも気づいてない無症状の痔ろうを含め痔ろうは珍しくなくよく見られるの疾患なので、痔ろうが癌と関係があればもっと痔ろう癌の症例がみつかり、その報告例も多いはずです。痔ろうが癌になりやすいかについては、痔ろうがある人を調べ、そのうち何人に癌が見られたかという疫学的な検討はされてはいませんので、その因果関係はわかっていません。痔ろう癌と報告された症例を検討してみてみますと、20年、30年と長い間痔ろうがあった人や、膿がたくさん出て炎症が強かった人が多いようです。長年の繰り返す炎症が癌発生の誘因となった可能性は十分考えられます。痔ろうががんになるケースは非常にまれなのでいたずらに心配することはないのですが、痔ろうと診断された場合はある程度の注意が必要です。火山にたとえるならば活火山で多く溶岩が流れ出るとか、広い範囲に複数の噴火口がある場合とか、休火山であってもしこりがなくならない場合などは、特に早めに専門医の受診をお勧めします。また以上の痔ろう→癌のケースのほかに、進行した直腸癌、肛門癌がときに痛み、膿の排出など痔ろうと同じような症状をおこすことがありますのでその点も念頭において下さい。
2007年8月 8日(水)

 最近はインターネットなどでいろんな情報を容易に得ることができるので、「手術でしょうか?」とか、「手術しないと治らない」と他院で診断され来院する患者さんが時にいます。そんな時ちょっと気つけていただきたいことは、我々医師が使う「手術しないと治らない・手術適応」と言う言葉です。胃がんか大腸がんなどの悪性疾患の場合は手術しなければ治らないといわれても納得いくかと思います。癌の場合は選択肢が少なく患者さんの意向はあまり反映されないことが多いのです、生命にかかわることですから。痔の病気は癌とは違って良性疾患で、患者さんは悩む症状から開放されて快適な生活したいという“生活の質(QOL)の向上”を求めて来院されるのですが、どこまで治ったらいいのかは患者さんにより違うと思います。たとえば、Ⅲ度の痔核(イボ)、痔ろう(痔瘻)は「手術適応」と医学教科書にも書いてあります。肛門に「手術適応」の痔核(イボ)があっても、また膿が出ていてもその人が日常的、社会的生活が支障なく過ごせていればその痔核(イボ)や痔ろう(痔瘻)はその人にとっては手術適応ではないし手術を受けなくていいのです。
 過剰な手術や処置がされているケースが時にみられます。痔の治療にはいろんな選択肢があります。自分にあった、自分の希望する治療を受けてください。オーダーメイドの治療を。
2007年7月30日(月)

 7月25日サッカーアジアカップ準決勝、7時からの韓国対イラク、10時からの日本対サウジアラビア戦を観るべく早々にテレビのまえにビールを手に陣取った。日本戦が始まる前にNHKハイビジョン特集 吉田拓郎「今日までそして明日から。35000人の同級会」の放送があった。これは昨年嬬恋で開催され、NHKで前半、後半に分け約8時間位の生中継をした「拓郎とかぐやひめの31年ぶりのコンサート(?)」の特番であった。“大人のコンサート”で50歳前後の人たちが、総立ちで腕を振り涙流しながら拓郎とこうせつと合唱していたのをテレビで全部観たので覚えていた。今回の特番はインタビュー、拓郎・こうせつ達と、拓郎・こうせつ達になりきりあわせて熱唱する大人たちのupの映像でつづられていた。番組放送時間終了近く、「最後の曲に拓郎が選んだのはこの曲、これを拓郎は繰り返し、繰り返し歌った」のナレーション。拓郎が歌い始め、字幕が1986年(?)に作った曲云々の後に、歌詞が「今日まで生きてきてみました。そして明日からは・・」と流れた。「生きてきました」でなく「生きてきてみました」だったのです。今までは試運転、人生の本格運転はこれから!と、拓郎からの我々オジン・大人・団塊の世代への応援歌なんだと勝手に解釈しました。
拓郎に感謝・感動、勇気をいただいてビールをしこたま飲んだが、肝心要のわが日本はサウジに負けてしまった!残念。

 それはそうと、7月21日南郷サマージャズフェステバルに行ってきました。この数年、毎年家族、友人たちと出かけていますが、開催はだいたい土曜日が多いので診療を終えてあわてて駆けつけてもコンサートは始まっておりステージが見える場所など空いてないのです。仙台、弘前から娘たち夫婦や孫たちがかけつけ、ステージからはるか離れたビニールシートの上はにぎやかになります。いろんな出店があり、食べ物は豊富だし値段もリーズナブルで、真昼から大空の下でジャズを聴きながら皆と飲むビールは最高です。ただ問題は天候。今年は雨で、ビニールをかぶって頑張りましたが下着までずぶ濡れでした。でも飲みました。楽しい一日でした。
2007年7月17日(火) 私は?

 時に患者さんから「先生、本当にありがとうございました。もうこんな所にこないようにしますから」と言われることがある。もちろん最大の感謝の気持ちからであるが、うれしさ反面、自分は刑務官なんだろうかと思ってしまう。長年大腸肛門疾患にたずさわってきて必死で診療してるのに・・・。やはり「肛門科」と名称が良くないのだ。そこでかわる名称を考えた。「大腸付属臓器科」、「恥骨尾骨間臓器科」、「下部消化器科」、「快適生活科」、「快便快適科」、機能の面から「弁科」、「バルブ科」、お役所的に「大腸流通調整部門」、「大腸流出管理機構」。やはりだめだ。診療所の看板に入りきれないし、背広、ネクタイで診療しなければならない。
「肛門科」の悪いイメージを取り去り、重要性を再認識していただくほうがいいかな。
2007年7月17日(火) 感謝!感謝です。

 玄関、待合、廊下そして二回の談話室に至るまでお祝いにいただいたランなどの花類から観葉植物がいっぱいで、それらから立ちのぼる香りでむせかえりそうです。
ありがたいことです。先輩、後輩、仲間・友人達それにお付き合いいただいている業者の皆様に感謝です。平成4年の開業の際にも祝っていただいて、今度の移転で二回目です。俺って幸せもんですね。三回目は?その時は白い菊?
2007年7月 9日(月)

 今日は9日、とうとう平日ゴルフしないで浪人生活は終わってしまった。もう平日ゴルフはあきらめました、平日はまじめに仕事します。仕事!仕事!

 “痔”の一番有効な治療法は生活習慣の改善、排便習慣の改善なのです。それだけでなんら薬とか手術をしないで症状がとれてしまう患者さんは結構多いのです。たとえば排便回数ですが、‘排便は一日一回’と誤って思い込んでいたり、その様に指導されていたりするとことがあるのです。結果、トイレで10分も20分も頑張ってしまったり、逆に我慢してしまったりすることになるのです。それが“痔”に悪いのです。トイレは3分!出なければ帰って来て下さい。出たくなったら我慢しないで行ってください。排便は一日一回と決めつけないで、2-3日に一回でもまた一日に2-3回でもいいのです。回数より、便の性状やお腹の調子に注意しましょう。
《トイレは長居禁物!》
2007年7月 4日(水)  ただ今浪人中。平日ゴルフしたい!

閉 院から開院までの約二週間は診療できない。その浪人中に平日の空いたゴルフ場でのんびり、ゆっくりゴルフすることを夢み楽しみにしてきた。平日ゴルフなるものは約20年の大学医局時代に何回か隠れサボってしたことはある。しかし開業してからは皆無。今が絶好のチャンスなのだが。
 たかが直線距離にして約300m位の移転なのに何と大変なことか!今日は7月4日、まだ平日ゴルフしてない。平日ゴルフしたい!しかし開院まであと少ししか・・。
 
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